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当ブログでは、「あの映画(小説)、一度観たんだけど、どういう話だったかが思い出せない・・・」とお困りの方のために、映画(小説)のストーリーを完全に網羅したデータベースを公開しております。詳しくは、カテゴリ内の「映画(小説)ネタバレstory紹介」をご参照ください。なお、完全ネタバレとなっていますので、未見の方はくれぐれもご注意ください。
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> 映画『世界の中心で、愛をさけぶ』 ~映画監督のプライド~
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満足度 ★★★★★★★☆☆☆ (7点)

『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004、日)   
   監督 行定勲
   出演 大沢たかお  柴咲コウ  長澤まさみ  森山未來


大ヒット映画『世界の中心で、愛をさけぶ』が、テレビで初放映された。

僕は劇場公開時にすでに観ていたので、これが2回目の鑑賞。

原作は、言わずと知れた大ベストセラー。たしか、発行部数は300万部を超えたとか。しかし、この物語、原作・映画ともに、意外に世間の評判が芳しくない。

特に、映画版に関しては、公開当時、ボロクソにこきおろしていた人がかなり多かったように記憶している。

でも、僕は、この映画版『世界の中心で、愛をさけぶ』が、けっこう好きだ。
そうやって言うと、すごく意外な顔をされるから、あんまり声高に友人たちの中心ではさけべないのだけれど(笑)

僕がなぜ、この映画に満足できたのか。
それは、映画の中に、行定勲という人の”映画監督としての意地”を感じ取れたことが、映画ファンとしてとてもうれしかったからだ。

では、簡単なあらすじ。
台風の日。朔太郎は、婚約者の律子が失踪したことを知る。テレビ画面の中に彼女を発見した朔太郎は、彼女を追って故郷の高松へ。それは、自分の背負った悲しい過去への旅でもあった・・・。17年前、高校生の朔太郎は、同級生の亜紀と恋に落ちた。しかし、彼女は白血病を患ってしまう。若い2人に残された時間は、あとわずかだった・・・。

<以下、ネタバレ含みます。「まだ観てないから言わないで~!」という方は、ご注意を。>

この映画が否定的に言われてしまうのは、やはり律子の存在が原因だろう。
原作では触れられていない彼女の存在。そして、朔太郎と亜紀の恋愛の中に幼い日の律子が登場する、いささか奇妙な展開への嫌悪感。

前にも『フライ、ダディ、フライ』の感想のときに書いたと思うが、原作ファンを納得させる映画化というのはとても難しい。特に、原作にないことをしてしまった場合、あるいは原作に出てこないキャラクターを登場させた場合、その風当たりは恐ろしく強くなる。

『世界の中心』は、まさにその典型的なパターン。
「あの律子ってのが出てくるから、つまんなくなるんだよーー」そんな声を、どれだけ耳にしたことか。

でも、僕には、この”律子”というオリジナルキャラクターの存在が、とても興味深かった。

僕が思うに、律子というのは、ひとつの”象徴”なのだと思う。

律子が負った足の障害は、朔太郎が抱え続ける心の傷の象徴。
また、彼女が届けられなかったテープは、亜紀にいまだに「サヨナラ」できずにいる朔太郎の心情を表しているのだと思う。

朔太郎は、亜紀の死から17年経っても、彼女の死を受け止めることができずにいる。
だから、亜紀の幻を見てしまうし、彼女の声が聞こえてしまう。
そんな朔太郎の前から律子が姿を消したのは、ある意味では当然のことと言える。

その朔太郎が、故郷を歩きながら当時のことを回想することで、次第に、亜紀の死という動かせない事実を受け入れはじめる。
そして、律子と再会し、彼女を力強く抱きとめる。

朔太郎の心の象徴である”律子”と共に生きていくということは、亜紀の死を心の中に受け入れ、亜紀と共に生きていくということでもあるのだ。

ラストシーン、亜紀に別れを告げ、彼女の灰を撒いたあとで、朔太郎はこうつぶやく。
「ここに来て、”世界の中心”がどこにあるのかがわかったよ」

”世界の中心”とは、ひとりひとりの心の中にあるものであり、朔太郎は最後に亜紀を心の中にしまいこむことで、ようやく”愛”を取り戻すことができたのだ。


と、ここまで説明しておいて何なのだが、この”朔太郎と律子”のパートが、少し理屈っぽすぎるのも一方で事実。
ラスト30分のこういう”理屈っぽい”展開が、この作品の魅力である”青春”や”純愛”といった良さを消してしまっていることは否めない。

つまり、せっかくの「心で感じる映画」が、「頭で考える映画」になってしまっているのだ。
この映画が不評なのは、この点に尽きるのだと思う(森山未來と長澤まさみのパートに関しては、それほど不満は大きくないのではないだろうか)。

ただ、それでも、僕はこの映画の”挑戦”を、大いに評価したいと思う。

原作のメッセージを忠実に伝えるための手法として、原作を忠実に再現するのではなく、あえてそこには登場しない”律子”というキャラクターで勝負することを選択した、行定勲監督の挑戦。
僕はそこに、映画監督のプライドを見た気がするのだ。

なんとなくあらすじを追いかけているだけの映画化作品が増えてきている中で、こういう冒険はとても良いことだと思う。
たとえそれによって風当たりが強くなろうとも、そんなことは気にしない。
僕は1人の映画ファンとして、そういう意欲的なチャレンジ精神がとてもうれしかったのだ。

そして、最後にもうひとつ、この映画に関して触れておかなければならないことがある。
長澤まさみと、森山未來。
2人の若き俳優の、その素晴らしい演技について。

特に、森山未來。
彼は、とりたてて顔が美しいわけではない(森山ファンのみなさん、怒らないでくださいね(笑))。
にもかかわらず、この映画の中の彼が、どんなにか魅力的に見えたことか。

作品の随所で、彼は、こちらがビックリするような魅力的な表情を何度もしてみせた。
そして、その表情をずっと見ていると、17年後の大沢たかおの顔が不思議と浮かんでくるのだ。
意識的なものなのか、無意識的なものなのか。それはわからないが、とにかく、この『世界の中心で、愛をさけぶ』の森山未來の演技に関しては、ケチのつけようがないと思う。

長澤まさみに関しては、表情ももちろんだが、僕は特に”声”が良いなと思った。
テープから流れてくる亜紀の声、大沢たかおが回想する亜紀の声。
その声が、はかなげで、美しくて、僕にはすごく魅力的に感じられた。

欠点もたくさんあるけれど、いろんなうれしい発見がある映画。
「たかがセカチュウ」などと、あなどるなかれ。
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by inotti-department | 2005-09-30 00:54 | cinema
映画・小説・音楽との感動の出会いを、ネタバレも交えつつ、あれこれ綴っていきます。モットーは「けなすより褒めよう」。また、ストーリーをバッチリ復習できる「ネタバレstory紹介」も公開しています。
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