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> 伊坂幸太郎『魔王』 ~考えろ考えろ、マクガイバー~
伊坂幸太郎『魔王』 ~考えろ考えろ、マクガイバー~_e0038935_9363262.jpg
満足度 ★★★★★★★☆☆☆ (7点)

『魔王』
伊坂幸太郎・著
講談社、2005


<あらすじ>
混迷する日本社会に、突如として現れたカリスマ政治家・犬養。今はまだ弱小野党の一党首にすぎないが、その明快で力強い物言いによって、国民の支持は急速に高まりつつあった。そんな状況に、”ファシズムの台頭”を予感して不安を抱く安藤。ある日、彼は自分に特別な能力が備わっていることに気付く。それは、他人の身体にイメージを重ねあわせて念じると、その相手に思い通りの言葉を喋らせることができる、という不思議な力だ。安藤は思考に思考を重ね、自分のとるべき道を模索しはじめる。


考えろ考えろ、マクガイバー。

主人公の安藤が、ことあるごとに心の中で唱えるこの”呪文”。安藤が子供の頃にテレビで見ていたヒーローものの決まり文句なのだが(って、どんなヒーローものだよ(笑))、これこそ、この小説のキーワード。

「行動する」という目に見えたアクションと比べると、地味で軽視されがちな「考える」ということ。僕たちが日々、どれだけのことをしっかり考えながら生きられているか。きちんと考え、選択して、世界と向き合えているかどうか。著者十八番の、軽妙でユーモアに溢れた文体で包みながら、そんなシビアな問いを投げかけてくる小説だ。

いつもの伊坂作品を期待していると、少し肩すかしを食らうかもしれない。絶対的な悪と対峙する勧善懲悪、爽やかで心地のよい後味、巧みな伏線と唸らされるオチ。そういったキーワードに溢れたいつもの伊坂ワールドとは、今回は少し趣きが違う。小説全体を、モヤモヤっとした得体の知れない空気が覆っているような、そんな不思議な雰囲気の物語だ。

この小説の重要なキーワードに、「ファシズム」「ナショナリズム」「憲法改正」といったものがある。この3つを煽るのが、カリスマ政治家・犬養。ここまで読んだ時点で、「おいおい、犬養って小泉首相のことか?」と誰もが勘付くだろう。もう少し物語を読み進めると、実はこの小説の舞台はもう少し先の未来(小泉的な人が改革半ばで倒れ、政治不信がさらに一層進んだ社会)であるということが判明するのだが、とはいえ犬養に小泉首相を重ねあわせる読み方は間違いではないと思う。

国民全体が、何かに突き動かされるかのように、ひとつの方向へと進んでいる社会。あくまでフィクションとはいえ、小泉自民党が歴史的圧勝を収めた現実社会が自然とオーバーラップしてくる。もちろん、作者自身もそれは織り込み済みだと思う。

最初、ちょっと読んでて嫌な感じだった。正直いって。なんだか、ファシズムとかナショナリズムについての議論がすごく浅く感じられたからだ。付け焼刃、というか。後半の短編『呼吸』(といっても、前半の『魔王』と後半の『呼吸』は、セットでひとつの”長編”だけど)で描かれる、憲法改正の是非に関する論議も同じ。入門編としては良いとして、小説のテーマにするには、ちと”一夜漬け”すぎる。

でも、途中で気が付いた。違う、違うぞ。この小説のテーマはそんなことじゃない。「ファシズムを止めろ」とか「独裁政治に気をつけろ」とか「憲法を改正させるな」とか、伊坂幸太郎が伝えたいのは、そんなメッセージじゃない。伝わってきたのは・・・

考えろ考えろ、マクガイバー。

物語のある場面で、犬養がテレビから国民にメッセージを送る。

よく、考えろ。そして、選択しろ。

安藤の弟である潤也の彼女・詩織は、そのときふとこう感じる。「犬養さんもお兄さん(安藤)も、よく似てる」と。思想的には全く相容れない2人の人物。彼らの唯一の共通点、それが「考える」というキーワードなのだ。2人とも、考えに考えを重ねた末、結果的に、全く違う思想に達したのだ。しかし、途中までのプロセスは、2人ともよく似ている。

それにひきかえ、僕たちはどうだろう?本当に、しっかり考えた末に、自分たちの思想を決定しているだろうか?「改憲」「護憲」「軍隊派遣」「戦力不保持」様々な考え方があるとして、果たしてどれだけのことを考えたうえで、その言葉を発しているだろうか?ただなんとなく、雰囲気だけで、思想をチョイスしてやしないか?

小説の中に、象徴的なエピソードがある。憲法改正に関する国民投票が目前に迫る中、詩織の会社で、大きなトラブルが発生する。社員たちは、そのトラブルへの対応に追われ、みんな「憲法改正」のことなど少しも考えられなくなってしまう。目の前で大変な問題が起こっているのに、のんきに憲法の話など誰もしていられない。

あ、そのとおりだな、って僕は感じた。確かに、例えば好きな人がいて、その人にどうやって想いを伝えようなんて考えているとき、世界情勢とか国会の動きなんてのは、どうでもよく感じられてしまう。例えば、主婦の人にとっては、憲法改正よりも夕飯の献立のほうが大切な問題かもしれない。

僕たちは、日々の暮らしに精一杯で、実感のわかないような問題に関してはときに何も考えられなくなってしまう。でも、本当にそれでよいのか?その間にも、世界は、社会は動いている。そして、最終的に、変貌した世界は、僕たちにも変化を迫るのだ。例えば、戦争とか。

国民投票当日。投票を終えた詩織は、こう感じる。「何か取り返しのつかないことをしたような気持ち」。たかが一票。でも、その積み重ねが、世界をつくる。例えば、100円からはじめた競馬が、単勝を当て続けることで、1億円になるように。されど一票。僕たちの選択には、常に責任がつきまとう。

何も考えない心にこそ、「魔王」は棲んでいる。

特別な力を持っているのは、何も安藤と潤也だけではない。僕たちは誰もが、特別な力を行使する権利と責任を持っている。そんなメッセージもこめられているのかもしれない。

小説の中では、いろいろな考え方が説明されている。安藤や詩織の同僚が感じる漠とした不安もよくわかるし、一方で、犬養支持者たちの理論にもなかなかの説得力がある。どちらが正しいのか、それは僕にはわからない。でもとにかく。考えろ考えろ、マクガイバー。

でたらめでもいいから、自分の考えを信じて、対決していけば、世界が変わる。

でも、僕が最も共感したのは、後半の『呼吸』の主役・潤也だったかもしれない。空を見上げ、ただただ鳥を観察することを仕事とする潤也。そんな彼を見ながら、詩織は、「鳥を探して、ただ呼吸する。それで、充分かもしれない」と思う。潤也は、ふと冗談めかしてこんなことを口にする。「いっそ、武器なんか持たなきゃいい。ヘタに持つから、狙われるんだ。丸腰の相手なら、誰も攻撃しようなんて思わない」

すごく子供じみているかもしれない。小説の中でも、あっさり詩織によって却下される。でも、究極的なことをいえば、こういう考え方こそ真実なんじゃないかって、僕は思う。

本音はオブラートで包む伊坂作品のことだ。
案外、これが本音なのかもしれない、なんて。
by inotti-department | 2005-12-11 11:09 | book
映画・小説・音楽との感動の出会いを、ネタバレも交えつつ、あれこれ綴っていきます。モットーは「けなすより褒めよう」。また、ストーリーをバッチリ復習できる「ネタバレstory紹介」も公開しています。
by inotti-department
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