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当ブログでは、「あの映画(小説)、一度観たんだけど、どういう話だったかが思い出せない・・・」とお困りの方のために、映画(小説)のストーリーを完全に網羅したデータベースを公開しております。詳しくは、カテゴリ内の「映画(小説)ネタバレstory紹介」をご参照ください。なお、完全ネタバレとなっていますので、未見の方はくれぐれもご注意ください。
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> 『暗いところで待ち合わせ』 ~意外と侮れない奇妙な寓話~
e0038935_21382839.jpg満足度 ★★★★★★☆☆☆☆(6点)

『暗いところで待ち合わせ』(2006、日)
   監督 天願大介
   出演 田中麗奈 チェン・ボーリン

幼いときの事故が原因で視力を失ったミチル。父親を亡くしひとりぼっちになった彼女の部屋からは、駅のホームが見渡せる。そのホームで、ある男性が線路に突き落とされ命を落とす事故が起こる。その直後、ミチルの部屋にひとりの青年が忍び込む。アキヒロというその青年は、ホームでの転落事故の重要参考人としてテレビで報じられている男だった。彼は、ミチルの目が見えないのを利用して、彼女の部屋にじっと身を潜めるが・・・。


なんとも不思議な味わいのある映画です。「傑作だ」とは少しも思いません。ツッコミどころも満載です。でも、なんだか奇妙な余韻が心に残る、なかなかユニークな作品だと思います。

前半は、あまりの静かさ、退屈さに、「これはまいったな・・・」と思わずにはいられませんでした。何度記憶を失いそうになったことか。なにしろ、アキヒロはミチルに自分が部屋に侵入していることを気付かれるわけにはいかないので、ひたすら黙ってジーッとしているのです。とにかく会話がない。ストーリーに変化がない。最初の1時間が、僕には10時間に感じられました。って、それは言い過ぎですね。

でも、この物語は、この関係性こそが全ての出発点なんだと思います。盲目の女性の部屋にそっと忍び込んだ殺人犯(正確には違いますが)。この設定のユニークさが、この映画を支えています。

ところが納得いかないのが、アキヒロの身の潜め方がけっこういい加減なこと。そんなに動いたり食べたり荒い息してたら、すぐ気付かれるっつーの。ましてや、目の見えない人は耳が人一倍敏感になるという話もよく聞きます。「どうせそんなムチャするんなら、とことんやらんかい!」そんなツッコミを心の中でいれているうちに、映画は意外な方向へ。

なんとビックリ、ミチルがあっさりとアキヒロの存在に気付いてしまうのです。これには本当にビックリしました。僕は勝手ながら、物語はこの設定を保ちながらラストまで進んでいくのだろうと確信していたからです。アキヒロは気付かれていないつもりでも、実はミチルはずーっと前から気付いていて、知らないフリをしていた。え、いつから知ってたの?と驚くアキヒロ。なーーんて展開だろうと勝手に予想していたのですが、いやはや大ハズレ。

そして、ビックリと同時にガッカリもしました。「あ、終わったな」と。ここで気付いちゃうんじゃ、もうこの映画に見るべきものはないな、なんて勝手に見切りをつけてしまいそうになりました。

しかし!

この映画、ここからが侮れないんです。後半の怒涛の展開。登場人物が少ないので、途中で予想はつくのですが、ミステリーというかホラーというか、前半とは打って変わった動きある展開に突入します。

といっても、この映画に緻密さというのはカケラもないので、引き続きツッコミどころは満載ですけどね。そんな犯行じゃ100%駅員に見られてるだろー!とか、動機の説明は全くなしかい!とか。

でも、そんなところにケチをつけるタイプの映画じゃないんですよね。奇妙な出会い方をした主人公2人の関係性の変化。ストーリー展開のガサツさに比べ、この描写のなんと細やかなことか。終盤に回想として描かれる、「お母さん!」と窓際で泣き叫ぶミチルの姿をアキヒロが駅からじっと見つめている姿。このあたりの厚みある描写の巧みさは見事のひとことです。

女優陣が好演しています。主人公の田中麗奈も良いのですが、それを上回る素晴らしさなのが宮地真緒と井川遥。2人とも、とても印象に残る演技を披露しています。また井川遥については、彼女自身の成長もさることながら、この役に彼女を起用した監督のセンスに脱帽です。

ただ、この映画についてどうしても納得いかないのが、主人公アキヒロが中国人と日本人のハーフであるという設定。そして、その役に中国人俳優(でしょうか?違ったらごめんなさい。)を起用したこと。これだけは謎でした。何か最後に意味が出てくるのかな?と思って観ていましたが、少なくとも僕には、この役が日本人でない利点というのは感じられませんでした。

チェン・ボーリンという俳優がどうこう、ということではありません。ただ、日本映画の中に海外の俳優(日本を話せない俳優)を起用する場合には、それだけでそこに何らかの意味が発生してしまうのです。観客は、そこに意味や理由を求めてしまう。それは避けられません。

アキヒロの孤独を引き立たせるため、だとしたら、あまりにも安易な手法ではないでしょうか?アキヒロの日本語がカタコトであることは、この映画の面白さのポイントやテーマを考えると、かえって余計な要素だったのではないか?と感じました。もしも昨今のアジア映画ブームに乗っかっただけだとしたら、僕にはその発想はクエスチョン以外のなにものでもありません。
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by inotti-department | 2007-01-13 22:16 | cinema
映画・小説・音楽との感動の出会いを、ネタバレも交えつつ、あれこれ綴っていきます。モットーは「けなすより褒めよう」。また、ストーリーをバッチリ復習できる「ネタバレstory紹介」も公開しています。
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