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当ブログでは、「あの映画(小説)、一度観たんだけど、どういう話だったかが思い出せない・・・」とお困りの方のために、映画(小説)のストーリーを完全に網羅したデータベースを公開しております。詳しくは、カテゴリ内の「映画(小説)ネタバレstory紹介」をご参照ください。なお、完全ネタバレとなっていますので、未見の方はくれぐれもご注意ください。
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2005年 09月 26日 ( 2 )
『ヒトラー ~最期の12日間~』 ~問われているのは、僕らの心。~
e0038935_139228.jpg
満足度 ★★★★★★★☆☆☆ (7点)

『ヒトラー ~最期の12日間~』(2004、独)
   監督 オリヴァー・ヒルシュビーゲル
   出演 ブルーノ・ガンツ  アレクサンドラ・マリア・ララ



エンドロールが終わって劇場が明るくなっても、すぐに立ち上がれなくなるような映画が、ときどきある。

『ヒトラー ~最期の12日間~』は、僕にとってまぎれもなく、そういう映画だった。

重い。あまりにも、重い。

「ヒトラーってとんでもない奴だったんだね!あーー、怖い。」
そう言ってこの映画の存在をすぐに忘れてしまうのは、簡単だ。
でも、この映画が伝えたかったことは、たぶんそんなことじゃない。

さて、簡単なあらすじ。
1942年、ヒトラーに個人秘書として雇われたユンゲは、それから2年半、彼の最期のときまで共に地下要塞で過ごすことになった。戦況は悪化し、敗戦は免れない状況。にもかかわらず、ヒトラーは将校たちの意見を全く聞き入れず、降伏しようとはしない。しかし、忠臣の裏切りがつづき、ヒトラーは自殺を決意する。ユンゲは、彼の側で最期を看取る決意を固めるが・・・。

<以下、ネタバレ含みます。内容を知りたくない方は、ご注意ください。>

僕の個人的な考え方としては、映画を観るからには、スクリーンに映し出されることは全て理解したいと思っている。共感できるかどうかは別として、だが。
でも、この映画の中のヒトラーという人物だけは、どうしても僕には理解できなかった。

彼の世界は、全て地下要塞の中で完結してしまっている。地上で、罪のない市民にどれほどの被害が出ているのかなんて、彼は全く把握していない。というか、興味がないのだ。

いったい、彼のどこにカリスマ性があったのだろう。映画の中のヒトラーは、神経質で、横柄で、すごく器の小さい人間に僕には思えた。
そして実際、少なからぬ腹心たちが、彼に対していろいろ不満も抱えていたようだ。

一方で、親しい女性たちに彼が見せる態度は、なんだか妙にやさしい。どこか頼りなげで、母性本能をくすぐるような素振りさえ覗かせる。

そう、ヒトラーは世界史に突然現れた怪物のような存在として語られることが多いが、彼だって、ただの1人の人間だったのだ。そんな当たり前のことを、この映画は一貫して僕たちに示しつづける。

何か恐ろしいことが起こると、僕たちは、すぐに何かに原因を押し付けたがる。
例えば、JRの脱線事故だってそうだ。運転手に全ての責任を負わせて、それでおしまい。JRの態度には、そうやって事態を収束させたい思惑がありありと感じられた。

ドイツが、世界があんな風になったのは、ヒトラーのせい。彼さえいなくなれば、もう安心。
この映画を、そんな風に消化してしまうことは、少なくとも僕はしたくない。

この映画のベースになっているのは、ヒトラーの秘書ユンゲが、死ぬ直前に語った回想録。
そういう意味では、非常に史実に近いことが描かれているのだろう。

映画のラストで、ユンゲが死ぬ直前に応じたインタビューがスクリーンに映し出される。
そこで彼女は、こんなことを言っている(正確な引用ではありませんので、あしからず)。

「私は、当時まだ若くて、何も考えずにヒトラーのもとへ飛び込んだ。
でも、だからといって、自分には何も責任がなかったのだとは絶対にいえない。
若かったとしても、私にも、自分で判断できたはずなのだ」と。

そう、ことはヒトラーだけの問題ではない。
怪物を生んだのは誰?怪物は、本当にヒトラーだけだったのか?

この映画の監督、オリヴァー・ヒルシュビーゲルは、2001年に『es』という映画を撮った人だ。
『es』という映画は、ある心理実験によって、普通の被験者たちが怪物になっていく様をドキュメンタリー形式で撮った、非常に興味深い作品だった。

誰の中にも、怪物はいる。
もしかしたら、僕やあなたが、ヒトラーになっていたかもしれないのだ。

全ての責任をヒトラーに押し付けて、安らかな日々を過ごそうとすることは簡単だ。
でも、それは決して真実じゃない。
ヒトラーの周囲には、彼を暴走させる様々な要素があったのだ。戦争とは、それほどまでに恐ろしいものなのだ。

映画の終盤、ヒトラーが死に、ユンゲはベルリンを脱出する。
そこで、はじめて目撃する光景。
そこらじゅうに転がっている死体。砲撃のあと。

そのとき、ユンゲは何を思ったのだろう。
彼女は、ヒトラーを慕って、彼を信じた。
しかし、その彼が作り上げた世界は、あまりにも悲惨なものだった。

これから先、もしも戦争が起こったとして、そのとき僕たちは、何に原因を求めようとするのだろう?
テロリスト?独裁者?マスコミ?

問われているのは、僕たちひとりひとりの心、なのだ。
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by inotti-department | 2005-09-26 21:28 | cinema
『愛についてのキンゼイ・レポート』~映画よりレポートが読みたい!~
e0038935_13471143.jpg満足度 ★★★★★★☆☆☆☆ (6点)

『愛についてのキンゼイ・レポート』(2004、米・独)
   監督 ビル・コンドン
   出演 リーアム・ニーソン  ローラ・リニー


久しぶりに映画の話題。

22日、シネスイッチ銀座で『愛についてのキンゼイ・レポート』を観た。
なんと、この日が公開最終日。時間も最終回。

僕は前売券を持っていたので、「これはなんとしても見ねばならん!」ということで、ムリヤリ仕事を片付けて、劇場へと飛び込んだ(そのうちクビになるぞ、ホント)。

最終日の最終回を観るなんて久しぶりの体験だったけど、あまりの混雑っぷりにビックリ。
「お立ち見の可能性がございます」なんて案内が出てたときには、まぁ驚いた。
「もっと余裕をもって早めに観に行けよ」って思われる方もいるかもしれないが、意外と同じような方はいるものだな、とちょっと安心(笑)

さて、本題に入ろう。
まずまず話題になったこの映画。公開していた劇場がそんなに多くないから、泣く泣く見逃したという方もいたかもしれない。
そんな方は、DVDが出たらぜひどうぞ。
劇場で観る醍醐味があるような性質の作品ではないから、家で観ても同じように楽しめると思うのでご安心を。
不満もいろいろあるけれど、なかなか興味深い映画です。

では、簡単なあらすじ。
生物学者のキンゼイ博士は、世の中の人たちがどんなセックスをしているのかをまとめた「キンゼイ・レポート」を発表。一大センセーションを巻き起こす。しかし、タブーに踏み込んだこのレポートは、賞賛と同時に批判も浴びる。栄光から一転、どん底へと叩き落とされるキンゼイ博士。彼を支えるのは、妻のクララ。キンゼイ博士が最後にたどり着いた、愛についての真実とは?

<以下、ネタバレ含みます。DVD観るつもりなので知りたくない!という方はご注意を。>

恥ずかしながら、僕はこの「キンゼイ博士」という人物の存在を全く知らなかった。
そう、この映画、実話がベースになっているのだ。キンゼイ博士は実在の人物だし、「キンゼイ・レポート」は実際に大ベストセラーになったのだそうな。

このレポートが、ものすごく興味深い。僕は、映画の内容よりもむしろ、「もっとレポートの内容を教えてーー!!」と思ってしまった。

映画は、たしかにレポートの内容にもしっかりと触れているが、その視線はむしろ、キンゼイ博士という人物、さらにはその周囲の人たちへと向けられる。

キンゼイ博士の幼少期の体験。父親との確執。生物学への興味。セックスへの悩み。
博士がいかにしてレポートを発表するに至ったのかが、とても丁寧に描かれていく。
そう、要するに、これは人間ドラマなのだ(少なくとも、R15指定にするような映画じゃなかろうに)。

キンゼイ博士と奥さんのクララの関係がとってもユニーク。
博士は、研究の過程で同性愛に興味を抱き、ついに自分もそれを経験してしまう。だったら黙ってればいいのに、博士は正直だから、奥さんにそれを告白してしまうのだ。
奥さんも奥さん。「私も浮気したい!」とか言って、博士の目の前で、堂々とセックスを楽しんだりする。やれやれ、ホント変な夫婦だ。

でも、映画は、こういうある種の”アブノーマル”な行動に対して、とてもやさしい視線を向ける。
「だって、みんな多かれ少なかれ、異常な部分があるでしょ?だから、自分が異常だと思っても、安心していいんだよ」
そんな風に、スクリーンを通してやさしく微笑みかけてくれる。

そもそも、「キンゼイ・レポート」発表の動機自体がそうなのだ。みんな、セックスに関しては、あまり他人と情報が交換できない(特に、1950年ぐらいは余計にそうだったのだろう)。だから、自分は他人と違う異常なことをしているんじゃないか、とひそかに不安に思っている。でも、それを確かめる術はない。
そんな人たちの疑問に答える、それがこの「キンゼイ・レポート」だったのだ。

このレポート、読んだら絶対に面白いはず!えー、どんなことが書いてあるのー?
と、僕は座席のところでジタバタしてたんだけど、映画はそれについてはあんまりしっかり教えてくれない。まぁ、映画はレポートの報告じゃないんだから当たり前なんだけど、もうちょっと知りたかったなぁ。なにしろ、途中でチョコチョコ出てくるインタビューのやりとりが、もう抜群に面白かったものだから。

個人的なそういう”恨み”があるから言うわけじゃないけれど、この映画の欠点を挙げるとすれば、やはりそこなんだと思う。
もうひとつ、全てが中途半端なのだ。

映画の後半は、キンゼイ博士がいかにしてバッシングから復活するか、それを支える夫婦の愛が描かれる。でも、それで感動させられるほど、前半と中盤でしっかりと夫婦愛を描けていただろうか?

さらに、この映画の裏テーマに”同性愛”がある。
キンゼイ・レポートの中で明らかになる、同性愛者の存在の多さ。そして、彼らの苦しみ。
レポートは、そこに触れているからこそバッシングを浴びることになったのだから、その問題に映画が突っ込んでいくのは当たり前だ。が、ちょっとそこに重点をおきすぎだったのではないか?

僕には、この映画が本当に描きたいのが、「夫婦愛」だったのか「キンゼイ・レポート」だったのか、はたまた「同性愛」だったのか、いまいちわからなかった。
たぶん、全てを描きたかったのだと思う。でもそのぶん、映画の印象が、全体に弱くなってしまった気がするのだ。

これだけ面白い題材なのだ。もっともっと傑作になる可能性があったと思う。そこが惜しい。

でも、僕をこれだけ「キンゼイ・レポート読みたい病」に陥らせてくれたのだ(笑)。やっぱり、それだけ、興味深い映画だったということなんだと思う。

この映画を機に、みんながセックスについて赤裸々に語るようになったりして。
それはそれで、怖い気もするけれど(笑)
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by inotti-department | 2005-09-26 02:06 | cinema
   
映画・小説・音楽との感動の出会いを、ネタバレも交えつつ、あれこれ綴っていきます。モットーは「けなすより褒めよう」。また、ストーリーをバッチリ復習できる「ネタバレstory紹介」も公開しています。
by inotti-department
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