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当ブログでは、「あの映画(小説)、一度観たんだけど、どういう話だったかが思い出せない・・・」とお困りの方のために、映画(小説)のストーリーを完全に網羅したデータベースを公開しております。詳しくは、カテゴリ内の「映画(小説)ネタバレstory紹介」をご参照ください。なお、完全ネタバレとなっていますので、未見の方はくれぐれもご注意ください。
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2005年 10月 26日 ( 2 )
『タッチ』 ~マンガとは別物。でも、悪くない!~
e0038935_1936937.jpg満足度 ★★★★★★☆☆☆☆ (6点)

『タッチ』(2005、日)
   監督 犬童一心
   出演 長澤まさみ 斉藤祥太 斉藤慶太

あだち充、実は大好きなんです。

読んでない作品もいくつかあるので、熱狂的フリークとまではいかないけれど、間違いなく大好きなマンガ家のベスト3には入ってくる(ちなみに1位は、浦沢直樹。この人については、またおいおい書きます)。

中でも『タッチ』は、やはり特別な存在。個人的に一番好きなのは『ラフ』なのだけれど、やっぱり代表作といったらこれでしょう。まさに、知らない人はいないであろう、国民的名作マンガである。

その『タッチ』が、なんと実写で映画化された。なぜいま、『タッチ』をこの時期に!?

事情はよくわからないけれど、『タッチ』が映画化されるとあっては、観ないわけにはいかない。監督は、いま要注目の犬童一心(『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』)だし、浅倉南を演じるのはこれも注目の長澤まさみだし。

といっても、期待などこれっぽっちもない。あれだけの物語を2時間でまとめるのは困難だし、ましてそれが実写。観終わって出てくるのは、きっと文句だけだろう。

ところが!意外や意外!!

観終えた感想。この『タッチ』、これがなかなかの出来栄えなのだ。もちろんツッコミどころは満載だけれど、十分に楽しめる青春映画になっていた。

さて、今さら紹介するまでもないが、一応あらすじを。
上杉達也と和也は、双子の兄弟。お隣の浅倉南とは、同学年の幼馴染。幼少の頃から、3人はいつも一緒だった。いつしか3人の夢になったのは、甲子園。その夢を叶えるため、弟の和也は野球をつづけ、いまや野球部の優等生エース。一方、兄の達也は何をやっても中途半端な劣等生で、今はボクシングをやっている。南は野球部のマネジャーとして、和也を支える。しかし、南が想いを寄せるのは、和也ではなく達也の方だった・・・。

<以下、ネタバレ含みます。といっても、マンガでご存知の方も多いでしょうが(笑)>

ストーリーの基本線は、マンガに忠実。といっても、細かいエピソードやセリフはオリジナル。だから、「あのシーンはどういう映像になっている?」といったような楽しみ方は、この映画に関してはナンセンスだ。

あだち作品の最大の魅力は、あの飄々とした「間」だと僕は常々思っている。以前、『H2』をテレビ朝日がアニメ化したときに大失敗したのは、その「間」が全く生かせていなかったから。一方、日本テレビの『タッチ』のアニメがマンガと同じくらい面白いのは、その「間」をしっかり表現できているからだ。この違いは大きい(余談だが、日本テレビはアニメづくりが実に上手い。『YAWARA』しかり『シティーハンター』しかり『コナン』しかり)。

さて、実写版『タッチ』はどうだったか?犬童監督は、「間」という土俵にあがることはあえて避けたのだと思う。実写であの「間」を表現するのは、とても難しい。そして、失敗すると目もあてられないような悲惨な事態になってしまう。だから、監督のジャッジは賢明だったと思う。

『タッチ』は、設定やストーリーそのものが、すごく魅力的なパワーをもっている。だから、監督は、あえて小細工を使わずに、王道かつ普遍的な青春物語として『タッチ』の世界を表現してみせた。

そう、これはマンガとは別物の1本の映画なのである。だから、「長澤まさみと浅倉南は似てない」とか「新田が左利きになっている」とか「パンチが実写だとリアルで変だ」とか「原田が妙に常識人だ」とか、そういうツッコミは野暮だと思う(ツッコミをいれて楽しむ分には、問題ないけれど。というか、ここに挙げたのは全て僕自身がいれたツッコミ(笑))。

改めて感じたのは、『タッチ』って面白いよな、ということ。南と達也と和也の関係性なんて最高にスリリングだし、野球モノとしても文句なしに楽しい。こうして王道の青春映画になってみると、素材自体の魅力が改めて浮き彫りになる。

ただ、やっぱりマンガと比べると、出来は落ちる(比べるのは野暮とかいいながら、比べちゃってスミマセン(笑))。最大の欠点は、達也の魅力が映画にはちっとも出ていないこと。達也の良さは、飄々とした裏に熱いハートを秘めていること。でも、その熱さを決して表には出さず、あくまで表向きは3枚目。その奥深さが、カッコよくて魅力的なのだ。

でも、映画版の達也に、そういう魅力はない。特に後半、和也が死んでからは、ただの普通の主人公になってしまっている。野球を辞めたり、やっぱり戻ってきたり、そのへんの心理の揺れも、ちょっとわかりにくい(南に関しても、それは同じ。マネジャーを辞めたり、試合を見に行かなかったり。いまいちわからなかった)。

上杉兄弟のキャスティングは、ちょっと間違いだったかもしれない。といっても、双子という時点で、かなり制限されるから、難しかったのだろうけれど。斉藤兄弟は、顔がそっくりなだけでなく、演技までそっくりなのだ。だから、マンガが持っている達也と和也それぞれの魅力が、映画ではしっかり表現できていなかった。

一方、長澤まさみの浅倉南は、堂々たるものだったと思う。女優にとってこういう役柄への挑戦は、普通あまりプラスには働かない。ブーイングを浴びて失速するパターンも多い。でも、この「長澤版南ちゃん」に関しては、多くの人を納得させる説得力があったのではないだろうか。この人は、将来が楽しみな女優さんだと思う。

決勝戦、グラウンドへと走る南のバックで、主題歌「タッチ」が流れた。このタイミングは最高。胸がカーーっと熱くなってしまった。こういうセンスが、この監督にはある。

なぜいまさら『タッチ』を実写で映画化したのか?その疑問は、最後まで観ても解けなかった。

でも、やっぱり『タッチ』は面白い!そう改めて思わせてくれる、素敵な実写映画。
もしもまだマンガ版を読んだことのない人は、ぜひぜひ読んでみてほしい。あまりの面白さに、ビックリすること間違いなしです!
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by inotti-department | 2005-10-26 20:25 | cinema
『メゾン・ド・ヒミコ』 ~これはスゴイ傑作です~
e0038935_13205436.jpg満足度 ★★★★★★★★☆☆(8点)

『メゾン・ド・ヒミコ』(2005、日)
   監督 犬童一心
   出演 オダギリジョー 柴咲コウ 田中泯

仕事がバタバタしておりまして、久しぶりの更新となりました。

で、今日、紹介するのは『メゾン・ド・ヒミコ』という映画。
実はこれを観たのは、もうかれこれ1週間ほど前。

とても素晴らしい映画だったので、観てすぐに感想を書こうと思ったのだが、不思議と何を書いたらいいのかわからなかった。
一体何が素晴らしかったのか、この映画はなんだったのか。うまく言葉で説明できない映画というのがたまにあるが、この映画はまさにそんな感じなのだ。

1週間たっても、やっぱりよくわからない。
ただ言えるのは、これはスゴイ傑作だ、ということだけだ。

さて、ストーリーの紹介。
塗装会社で働く沙織のもとを訪れた青年・春彦。彼は、ゲイのための老人ホーム「メゾン・ド・ヒミコ」の経営者である卑弥呼の恋人。卑弥呼は沙織の父親だが、母親と沙織を捨ててゲイバーをはじめて以来、絶縁。春彦は、1日3万円で「メゾン・ド・ヒミコ」でバイトしないかと沙織を誘う。借金を抱える沙織は、金に目がくらんで「メゾン」へ。しかし、卑弥呼は末期ガンで、余命あとわずかとなっていた・・・。

<以下の感想、ネタバレ含みます。未見の方は、ご注意ください。>

「ゲイ」というのは、なかなか繊細なキーワードである。
声高に嫌悪感を表に出す人もあまりいないが、かといって「全面支持」を高らかに掲げる人もほとんどいない。いわば、本気で議論されることはあまりない、ある種の「タブー」である。

でも、当事者にしてみれば、それはとんでもない話だ。
ゲイ同士の恋愛だって、男性と女性の恋愛と何も変わらない。にもかかわらず、それが同性同士であるというだけで、白い目で見られてしまう。

日本社会の根底に、ゲイに対する差別が残っているのは、まず間違いない。感情の問題はさておき、それを事実として受け止めることから、この映画はスタートしている。

映画の主人公である沙織も、それは同じ。
自分を捨てた父親に対する嫌悪感。その父親がゲイであるということへの嫌悪感。はじめて「メゾン・ド・ヒミコ」に足を踏み入れた沙織は、ホームで生活するゲイ住人たちへの嫌悪感を露骨にあらわにする。

この彼女の目線が、社会一般の人たちの目線と重なる。そして、映画を観ている観客の目線とも。沙織は、ゲイを受け入れることができるのか?そして、父親を許すことができるのか?
それを最大のキーワードに、映画は物語を進めていく。

次第にゲイ住人たちとの交流を深めていく沙織。その繋がりは、ディスコでのダンスシーンで頂点を迎える。このシーンのもつ、滑稽なまでのハッピーっぷりが最高に素晴らしい。

「あ、沙織はゲイを受け入れることができたんだな」そう思いたくなるが、ことはそんなに甘くない。彼女の前に立ちはだかる「ゲイ」という壁。沙織と春彦は恋に落ちるが(はっきりと告白するシーンこそないが、間違いなく2人は想いあっていたと思う)、一線を越えられない。ゲイである春彦には、女性をどうやって愛したらよいのかがわからないのだ。

そして、沙織とゲイたちとの間に生じる亀裂。ゲイの1人であるルビイが病気になり、住人たちはルビイを家族に引き取らせる。ゲイである事実を隠したまま。これに激怒する沙織。「ご家族がどれだけこれから苦しむかわかる?あんたたちゲイのエゴのせいで」

沙織と春彦も、沙織と住人たちも、彼らがゲイであるという事実さえなければ、もっとスンナリとわかりあえたはず。

そして、沙織と父親も。

沙織は結局最後まで父親を許せないまま、父親はこの世を去る。父親の荷物を全て引き取って、メゾンを去る沙織。沙織とゲイたちとの、切ない永遠の別れ。

しかし、映画は最後に素敵なクライマックスを用意している。

塗装会社の仕事に戻った沙織のもとに届いた1枚の写真。そこに写っていたのは、あるイタズラ書き。それを塗装で消すため、沙織はそのイタズラ書きの書かれた場所へ向かう。

そこは、「メゾン・ド・ヒミコ」。書かれていたのは、「沙織に会いたい」のイタズラ書き。現れた沙織を住人たちは温かく迎え、映画は幕をとじる。

犬童監督は、前作『ジョゼと虎と魚たち』でも、障害を抱えた少女と健常者(言葉の是非は別にして)の青年の恋を描いた。社会的弱者とされる人たちとの交流。それは、決して簡単なことではない。

でも、この『メゾン・ドヒミコ』が持つ温かさは何だろう。簡単ではないけれど、かといって難しいことでもない。そう教えてくれるかのようだ。

なぜ沙織は再び「メゾン・ド・ヒミコ」へ行ったのか。それは、もう1度彼らに会いたかったから。それだけのこと。彼らがゲイであるとか、そんなことは関係ない。この瞬間、沙織と彼らの間に立ちはだかっていた壁は、あっけなく崩れた。

そしてまた、沙織と卑弥呼の間の壁も崩れたのではないかと僕は思う。ベッドから卑弥呼が告げた言葉。「あなたが好きよ」。沙織はそのとき「何よ、それ」と相手にしなかったけれど、きっとそのとき、何か氷のようなものがゆっくりと解け始めたのではないかと思うのだ。

柴咲コウが最高の演技を見せている。眉間にシワを寄せた頑なな表情が、少しずつ温和になっていく表情の変化の素晴らしさ。複雑な感情の揺れを、ごくごく自然に見せる演技の豊かさ。

そして、田中泯。その存在感のスゴイこと。ベッドの上から動かないのに、常に世界の中心にいる存在感。世間からさんざん蔑まれ、それでもゲイたちの心の支えとしてありつづけようとした男の強さ。彼の揺るぎない強さがなければ、映画は説得力を持たなかっただろうし、沙織も「メゾン・ド・ヒミコ」に通いつづけることはなかっただろう。

社会には、人と人の交流を阻害する要因がたくさん潜んでいる。それってとてもおかしなことなんだけれど、でも、やっぱり認めざるをえない。誰が悪いとかそういうことじゃなく、でも、やっぱり確かにそれはある。

だけどそれをなくしていけるような素敵な力が、やっぱり確かに人間にはあるのだ。
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by inotti-department | 2005-10-26 14:24 | cinema
   
映画・小説・音楽との感動の出会いを、ネタバレも交えつつ、あれこれ綴っていきます。モットーは「けなすより褒めよう」。また、ストーリーをバッチリ復習できる「ネタバレstory紹介」も公開しています。
by inotti-department
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