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当ブログでは、「あの映画(小説)、一度観たんだけど、どういう話だったかが思い出せない・・・」とお困りの方のために、映画(小説)のストーリーを完全に網羅したデータベースを公開しております。詳しくは、カテゴリ内の「映画(小説)ネタバレstory紹介」をご参照ください。なお、完全ネタバレとなっていますので、未見の方はくれぐれもご注意ください。
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カテゴリ:book ( 14 )
天童荒太『包帯クラブ』 ~なぜだろう、心が動かない。~
e0038935_23362257.jpg満足度 ★★★★★☆☆☆☆☆ (5点)

『包帯クラブ』

天童荒太・著
2006、ちくまプリマー新書

高校生のワラは、病院の屋上でディノという青年と出会う。奔放な言動を繰り返すディノにワラは不快感を覚えるが、見えない傷に対して白い包帯を巻くことでその傷を癒すという彼のアイデアに共感し、彼と別れる。ワラは、親友のタンシオらとともに、「包帯クラブ」を発足させる。その活動内容は、心に傷を抱えた人のもとを訪れ、その人が傷を負った場所に包帯を巻くことで、その人の傷を癒すことだ。ワラは、アイデアの発案者であるディノも仲間に加えようとするが・・・。


名作『永遠の仔』の著者による最新小説。
僕は『永遠の仔』にも、そして『家族狩り』にも、かなり心揺さぶられた人間なので、この人が書く新作をとても楽しみにしていた。

その世界観は、いつもながらの天童ワールド。弱者にそっと寄り添い、他人には何もしてあげられないことを百も承知で、それでもただその傷を傷として認めてあげるだけで、少しでもその傷を癒せると信じて、人と繋がろうとする。天童作品の登場人物たちは、いつも弱くて、無力で、でもとても優しくて、そして、とても力強い。

時に「宗教的」だとか「偽善的」だとか揶揄される天童作品のメッセージだが、僕は基本的に彼のその真摯なメッセージに共感する。世界中には、傷を抱えた人間が星の数ほどいる。僕たちは、彼らに対して何もしてあげられないけれど、ただ彼らの存在を認識し、感じようとするだけでも、その傷を癒すパワーを持つことがきっとできる。「自分は傷ついている」ということを周囲の人に知ってもらえるだけで、どれほど僕たちが救われるか。自分の無力さを認めながらも、それでも世界に対して優しく寄り添おうとする作者の想いは、誰にも批判できるものではないと思うのだ。

でも、なぜだろう。この『包帯クラブ』を読んでいても、僕は正直、あまり心揺さぶられなかった。メッセージには共感する。読後感も悪くない。でも、『永遠の仔』や『家族狩り』のときのような心がゾクゾクと震えるような感動は、この小説からは得ることができなかった。

物語があまりにも寓話的すぎるのだと思う。ひとりひとりの登場人物から当たり前のように語られるそれぞれの傷。その見えない傷に包帯を巻くという彼らの行為。その行為が次々に効果を発揮していく現象。小説の中で描かれる全てが、ハッキリ言ってしまえばリアルじゃないのだ。

そんなこと言ったら、『永遠の仔』や『家族狩り』だって少しもリアルじゃなかったじゃないか?とおっしゃる方がいるかもしれない。その通り。前2作だって、完璧なフィクション。でも、そこには、物語の圧倒的な面白さがあった。重さがあった。前2作が、物語がメッセージを引っ張ってきた作品だとしたら、この『包帯クラブ』は、メッセージのために物語が後からくっついてきたような感じなのだ。少し厳しい言い方をしてしまえば、「物語に生命が感じられない」といってもいいかもしれない。

この『包帯クラブ』は、作者の力の入れ方で言ったら、6割・7割ぐらいだと思う。おそらく、小説を書いたというよりは、彼がいま最も強く感じていることを文章としてストレートに表現した、といった感覚だろう。そういう意味では、「見えない傷に包帯を巻く」というアイデアのみで小説を書ききる作者の才能には、改めて驚かされる。

天童荒太という人にとっては、この次に発表される長編が、おそらく分岐点になるのではないだろうか。再び『永遠の仔』のように、圧倒的なストーリーテリングのパワーを通してメッセージを伝えることができるのか。それとも、メッセージを伝えることが前面に出てしまい、ストーリーは二の次というような小説を書いてしまうのか。

この人にしか書き得ない、圧倒的な感動作を書いてほしいなぁ。
と、個人的には願ってます。
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by inotti-department | 2006-08-08 00:12 | book
東野圭吾『容疑者Xの献身』 ~愛は論理を破綻させる~
e0038935_10382974.jpg満足度 ★★★★★★★★☆☆(8点)

『容疑者Xの献身』

  東野圭吾・著
  文藝春秋、2005

顔も指紋も判読できない身元不明の他殺体。現場付近に落ちていた自転車に残された指紋から、被害者は富樫という男と判明する。富樫が殺される直前、離婚した元妻・靖子を探していたことから、警視庁の草薙は靖子に疑いの目を向ける。しかし、靖子には事件当夜のアリバイがあった。捜査が行き詰る中、靖子の隣人の高校教師・石神が大学の同窓生であることを草薙は知り、やはり大学の同窓生で親友の物理学者・湯川にその話をする。大学時代、同じ天才同士として最大のライバルであり理解者であった石神に会うため、湯川は石神の家へ向かう。この殺人事件に、石神が大きく関与していることなど知らずに・・・。


上のあらすじを読んで、「おいおい、いきなりネタバレしてんじゃねーよ!」とツッコまれた皆さん、たいへん失礼いたしました。でも、ご安心ください。このあらすじだけでは、なんのネタバレにもなっていませんので。直木賞受賞作にして、「このミステリーがすごい」第1位受賞作品。それも納得の、読み応えタップリのミステリー小説である。

僕はミステリー研究家ではないので、こういうパターンのミステリーを何と呼ぶのかは知らないが、わかりやすく言えば「古畑形式」であり「コロンボ形式」。そう、殺害シーン自体は、小説の冒頭でいきなり詳細に描かれるのだ。もちろん、犯人もその時点で判明する。

そこに、刑事が登場する。捜査は進み、容疑者は絞りこまれ、犯人に厳しい捜査の刃が向けられる。しかし、証拠がない。アリバイもない。捜査が難航する中、ひとりの男が現れる。それが、この小説の謎解き役である、物理学者の湯川だ。実は、この湯川が東野作品に登場するのはこれが3度目。「探偵ガリレオ」「予知夢」と続く、湯川シリーズの第3弾なのだ。

動機に関しては序盤で読者にわかるようになっており、このミステリーの最大の焦点は、靖子をサポートする石神が企てたトリックだ。あらゆる状況が、靖子の事件への関与を指し示しているのに、いっこうに捜査が進展しない。それを阻むのは、アリバイトリック。靖子のアリバイは、決して完璧なものではない。なのに、崩せない。なぜだ?

天才数学者・石神からの挑戦状に、天才物理学者・湯川が挑む。もちろん、警察もただそれを傍観しているわけではない。決して天才ではないが刑事としての優れた嗅覚をもつ草薙も、独自の視点で全容解明にチャレンジする。この3人の緊張感ある関係性がすごく面白い。湯川と石神が絡むシーンになると、「ヤバイよ石神さん、バレちゃうよーー」と、事件の犯人を知っているこちらとしてはハラハラしっぱなしだ。

しかし、謎解きは一向に進まない。真相を知っているはずの読者側にも、次第に違和感が出てくる。「なんかおかしいぞ、この事件?」同様に湯川も、事件の本質に気付きはじめる。「この事件の焦点は、アリバイトリックではない。アリバイに目を向けさせるのは、石神の作戦だ!」

ここから怒涛のクライマックスへと突入していく。その真相に関しては、もちろんここではネタバレしない。ただ、ひとつ言えるのは、「衝撃!」とか「驚愕!」とか、そういった類のものではないということだ。勘のいい人なら、薄っすら気付けた人もいたのではないだろうか。極めてシンプルだが、見事に警察と読者の盲点をついたトリックである。

そして、その真相を知ったとき浮かび上がってくる、石神の想い。あまり喋りすぎるとネタバレになってしまうので難しいのだが、そのときはじめてこの小説のタイトルの意味が理解できるようになる。

ただ、ここでひとつだけこの小説を欠点を挙げるとすれば、様々な人間からの愛情を一身に受ける靖子というキャラクターに、全く魅力が感じられないということがあると思う。弱くて、身勝手で、ある意味においては最も人間的な人物とも言えるこの靖子という女性。でも、それも作者の作戦のうちかな、という気もする。それによって余計に、物語のやるせなさ、切なさが増しているとも言えるからだ。

石神がたてた計画は、完璧だった。完璧なまでに、論理的なものだった。しかし、その論理は、「石神の愛情」と「湯川の友情」と「靖子の葛藤」によって、少しずつ破綻していく。どんな完璧な論理も、人間という不完全な生き物のハートの揺れによって、打ち砕かれてしまうのだ。それが、なんだか切なく、でも、不思議と心地よい。

あまりにも切ないラストシーンをどう読むか。全員にとって悲しい結末を迎えたことは間違いない。でも僕は、「これでよかったんじゃないか」って、そんな風に思った。
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by inotti-department | 2006-07-21 11:23 | book
伊坂幸太郎『砂漠』 ~やっぱり面白い!伊坂流青春小説~
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満足度 ★★★★★★★☆☆☆(7点)

『砂漠』
 伊坂幸太郎・著
 2005年、実業之日本社


大学に入学した北村は、4人の友人との運命的な出会いを果たす。ヤマセミのような髪型の鳥井、世界平和のためにひたすら麻雀のピンフ(平和)をあがりつづけるという変わり者・西嶋、超クールな美女・東堂、穏やかな性格ながら超能力の持ち主・南の4人だ。ひたすら麻雀に明け暮れたり、大学生ならではの素敵な恋愛をしたり、謎のホスト軍団と戦ったり、超能力を使って嫌味な評論家をやっつけたり。彼らの大学生活は、あっという間に過ぎ去っていく。


友情、恋愛、合コン、麻雀・・・。
「これぞ青春小説!」とでも言うべきキーワードがこれでもかと並べてしまうと、「なんだよ、伊坂幸太郎にしては普通っぽいなぁ」などと思われるかもしれない。でも、そこはご安心ください!決して平凡な駄作など書かない伊坂幸太郎、この『砂漠』もやっぱり一味違う”伊坂流”青春小説となっている。

いろいろな面白さがある小説だが、1つ挙げるとすれば、やはりキャラクターの魅力ということになると思う。主人公の5人それぞれが、それぞれに素敵な個性を持っている。彼らの他愛の無い会話を読んでいるだけで、こちらとしては微笑ましい気持ちになれるのだ。

特に西嶋が面白い。「世界平和のために、ピンフ(麻雀の役の名前。ちなみに漢字で書くと”平和”)をあがりつづける」と豪語したり、”プレジデントマン”なる連続通り魔男を支持したり。正直言って考え方はメチャクチャで、おそらく読む人によっては全く好きになれないキャラクターかもしれないけれど、僕には彼のデタラメな考え方がとても痛快で心地よかった。もちろん、彼の良さを生み出しているのは、語り部の北村はじめ、彼のデタラメさを温かく受け入れる親友4名の寛容さがあってのものなのだけれど。

物語は、奇妙ながらも不思議と心に残るエピソードを積み重ねながら、「春」→「夏」→「秋」→「冬」と進んでいく。4章目の「冬」の冒頭で、主人公の北村が「大学の1年間なんてあっという間だ」と呟くシーンがあるが、自分の大学時代を振り返っても、確かにそうだったなぁと思う。ところが、この何気ないセリフの背景には、実は小さなミステリー的仕掛けもあったりして・・・。これ以上触れるとネタバレになるので避けるが、本格的なミステリー作家ではないが、伊坂作品には必ず読者をアッと驚かせる小さなミステリーが潜んでいて、それも彼の小説を読むひとつの楽しさになっている。

伏線を張りながら、終盤に思わぬ形でそれを活かす持ち前の巧みなストーリーテリングは今回も健在。謎の格闘家しかり、南の超能力しかり。物語全体にちりばめられた小さな秘密も含め、オーソドックスながらも”もう1度読み返したくなる小説”にきちんとなっている。

大学時代って、本当に不思議な時間だ。いま振り返っても、「あの頃は良かったなぁ」とも思うし、「あの頃は何もしていなかったなぁ」とも思う。さらに「もう1度大学時代に戻れるなら、こういう風にするのになぁ」っていう思いもあるけれど、たぶん、ナンダカンダいって、僕は何度大学生になれたとしても毎回同じような過ごし方をするような気がする。

すごく時間があって、すごく自由で、でも決してただの子供ではなくて、けれどもピンと背筋の伸びた完璧な大人ではない。たぶん、大学時代(あるいは、それに準ずる時期)って、その人のキャラクターが確立される時でもあり、同時にその人のキャラクターが生活スタイルの違いとなって如実に現れる最初の時期のような気がする。

そういう意味じゃ、西嶋にしろ、鳥井にしろ、この小説の登場人物たちは、とても素敵な過ごし方が出来た人たちだと思う。小説の中で描かれているのは、彼らの大学生活のごくごく1部のエピソードに過ぎないのだけれど、でも、彼らは確実に前に進んでいる。そして、小説のクライマックスの5人は、明らかに、オープニングの5人よりも光輝いている。いや、西嶋は変わっていないかな(笑)。

個人的な本音を言うと、伊坂幸太郎には、僕はもっとハイレベルなものを期待してしまう。でも、そうはいっても、この『砂漠』も一級品のエンタテインメント小説であることは間違いない。
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by inotti-department | 2006-07-15 23:08 | book
恩田陸『夜のピクニック』 ~”歩く”からこそ物語になる。~
e0038935_22562298.jpg満足度 ★★★★★★★☆☆☆(7点)

『夜のピクニック』

恩田陸・著
2004年、新潮社


「歩行祭」。それは、全校生徒が列を作り、夜を通して80キロただひたすら歩きつづける北高最大の一大イベント。受験を目前に控えた3年生の貴子は、ある1つの賭けを胸に秘めてこの歩行祭に臨んでいた。それは、3年間一度も話したことのないクラスメイト・西脇融と会話をすること。2人の間には、彼らだけしか知らないある秘密が隠されていた・・・。


全国の書店員さんが、最もお気に入りの本を1冊選ぶ『本屋大賞』。
2005年、その『本屋大賞』を制したのが、この『夜のピクニック』である。

この小説が、それだけたくさんの人から愛された理由。約400ページにわたる長編小説をあっという間に読み終えた僕には、その理由がすごくよくわかった。

『夜のピクニック』には、誰もが共感し、温かい気持ちになれる要素がたくさん詰まっている。全校生徒が1つの列を作って、夜を通して歩きつづける。そんな設定を前に、ノスタルジックな気持ちを覚えない人はほとんどいないだろう。さらにそこに、友達、恋愛、家族、幽霊といったなんとも魅力的なピースが重なりあってくるのだ。青春小説好きならずとも、もうたまらない設定だろう。

しかし、この物語、意外なほどに特別なことは何も起こらないままエンディングを迎える。いや、もちろん、細かいエピソードはいろいろあるのだが、物語全体を根底から揺さぶるような衝撃的な展開というのは一切ない。例えば、物語の最大の軸である”貴子と融の秘密”にしても、こちらが拍子抜けするほどあっさりと明らかになるし、要するにこの小説は、読者を驚かそうとか予想を覆そうとか、そういう意図は全く持っていない物語なのだ。

にもかかわらず、この『夜のピクニック』は、読者をグイグイと物語世界に引っ張りつづける。そして、一気にページをめくらせる。小説の中にたびたび登場する言葉を借りるならば、まさに、「ただ歩く、それだけのことが、どうしてこんなに特別なのだろう」ということになる。

ポイントは、”歩く”というところにあるのだと思う。例えばこれが”走る”=要するにマラソン大会であったならば、物語はまったく盛り上がらないだろう。ダラダラと歩きつづけるだけだからこそ、登場人物たちに”考える”、そして”話す”という気力が生まれるのだ。この小説の最大の魅力を挙げるならば、80キロの間に浮き沈みを繰り返す登場人物たちの”考える”過程と、真剣な打ち明け話からくだらない雑談までこちらも浮き沈みを繰り返す登場人物たちの”話す”過程を、実にリアルに誠実に描きつづけた点にあると思う。

物語は、2人の主人公、貴子と融が語り部となって進んでいくが、その視点は交互に入れ替わっていく。そして終盤、その視点が、とうとう1つに融合する。この流れがすごく自然で、決して派手さはないがとても感動的だ。

彼らとともに80キロを一緒に完走(完歩、か)した読者には、最後に、最高の読後感が待っている。
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by inotti-department | 2006-07-07 23:43 | book
村上春樹『1973年のピンボール』 ~新たな1歩を踏み出すために~
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満足度 ★★★★★★★☆☆☆ (7点)

『1973年のピンボール』
村上春樹・著
1980、講談社文庫

村上春樹の再読作業を開始します!
と宣言しながら、すっかり間が空いてしまいました。すみません。

というわけで、よーーやく、第2弾『1973年のピンボール』を読むことができた。

では、まずあらすじ。
直子を失って以来、心を閉ざして淡々とした日々を過ごしていた”僕”。ある朝、”僕”が起きると、ベッドには双子が寝そべっていた。その日から、”僕”と双子との奇妙な共同生活が始まる。一方、”僕”のかつての友人・”鼠”は、そこから700キロ離れた街にとどまっていた。なじみの店であるジェイズ・バーで酒を飲みながら、新たに知り合った女との交際を楽しむ鼠。しかし、”僕”も鼠も、他人には触れられない孤独感を抱え、そんな日々に決着をつけることを考えはじめていた・・・。

と、あらすじをウダウダ書いても、この小説の面白さは少しも伝わらない。残念ながら。ストーリーの筋だけ追っていても気付けない良さが、この一風変わった小説にはあるのだ。

デビュー作『風の歌を聴け』の感想をブログに書いたときに、「これは”アマチュア春樹”の書いた小説だ」というようなことを書いたが、この『1973年のピンボール』もやはりその延長線上にあると思う。まだまだ、その後に開花するストーリーテリングの魅力は、この小説では爆発しきっていないからだ。

とはいえ、デビュー作と比べると、格段に技術が上達している。心を惹きつける個性的な文章、胸騒ぎのするストーリー展開(特に、後半のピンボール探しのくだりはとても素晴らしい)、余韻ある読後感。村上春樹の持ち味が、確実に、この第2弾から芽を出しはじめている。

さて、内容について。

<ここから、ストーリーの内容に関してネタバレ含みます。未読の方、ご注意を。>

物語の主役は、”僕”と”鼠”。2人の人物の物語が交互に描かれるという流れは、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』や『海辺のカフカ』でも見られる、著者お得意のパターン。そして、その2つの物語は、最後まで交わらなかったとしても、必ずリンクしあっているのだ。

”僕”と鼠は、どうやら1970年の時点では、共に同じ場所で青春時代を過ごしていたらしい。しかし、それから3年経った現在、鼠は相変わらずその街にいるが、”僕”はそこから700キロ離れた場所に拠点を移している。そして、2人は全く連絡をとりあってはいないようだ。

まず、”僕”について。”僕”は、直子という女性を亡くした傷を、未だに引きずりつづけている。直子が死んだ時期については明記されていないが、おそらく、1970年の出来事なのだろう。そして、”僕”は街を出た。それから3年。”僕”の前に現れた、謎の双子。双子に誘われるように、”僕”は、かつてハマったピンボールの記憶を甦らせる。そして、その失われしピンボール・マシンを、なんとしても見つけ出そうと必死になる。

一方、鼠。鼠は、いまだに同じ街にいる。彼が街を出ようとしないのは、彼の中に、人生に対する一種の諦めのようなものがあるから。変化しても、どうせ人はやがて滅びる。その街で、様々な女と出会い、別れてきた鼠。そんな彼が、新たに出会った女。週1回のデート。満ち足りているかのように見える日々。しかし、彼は決意する。街を出よう、と。その前に、彼にはしなければならないことがあった。それは、彼女との別れ。

”僕”と鼠。一見、正反対の方向へ進もうとしているかのように見える2人の主人公。失われしものにすがり、”変わらずにそこにあるもの”の存在を信じようとする”僕”。一方、”いまそこにあるもの”から離れ、変化を受け入れようとする鼠。

街から”外”へ出た僕は”内”へ向かい、街の”内”にいつづけた鼠は、”外”へ向かう。

しかし。正反対の方向へ進もうとした2人の歩みは、実は結局のところ、同じ方向へ向かっていたのだということに気付かされる。ピンボール・マシンとの再会。それは”僕”にとって、失ったものとの永遠の別れの儀式でもあった。マシンを”彼女”と呼ぶ”僕”が話している相手が、ただのピンボール・マシンではないことは容易に想像がつく。”彼女”との別れ。”内”へ”内”へと向かった”僕”の旅路は、その儀式を終えたとき、はじめて”外”へと向かいはじめる。そして、双子は、”僕”の前から去る。彼女たちの役目は、そのとき終わったのだ。

一方、鼠も同じようなプロセスを辿る。彼女との別れ。親友ジェイとの別れ。そして、街との別れ。全ての儀式を終え、彼は、ついに街を出る。それは、心を閉ざしたまま日々を生きてきた青年にとって、はじめて、他者に心を開いた瞬間とも言えるのかもしれない。鼠がなぜ彼女と別れなければならなかったのか?と感じた人も多いかもしれない。でも、僕にはなんとなく、その気持ちがわかった。その街にいる限り、きっとやがて、彼女との恋にも終わりがくる。今までと同じように。鼠は、そう悟ったのではないだろうか。

新しい1歩を踏み出すためには、僕たちは必ず、過去の自分と向き合わなければならない。それが、どんなに辛い作業だとしても、その儀式は避けては通れない。”僕”と鼠は、その儀式を乗り越えた。何か(誰か)を失い、それを乗り越え、そしてまた新しい何か(誰か)と出会うために。人生とは、結局、その繰り返しなのだと思う。

「入口があって出口がある。大抵のものはそんな風にできている。」
最後の最後で、冒頭のこの言葉がジンワリと心の中にしみわたってきた。

と、少し話が理屈っぽくなった。でも結局のところ、僕が最もこの小説の中で好きなのは、”僕”と双子のユニークな日常だったりする。全く2人の見分けがつかない”僕”が、シャツの柄で区別しようと2人にニックネームをつけると、2人はそれをあざ笑うかのようにシャツを交換してしまうシーン。この場面なんか、最高に微笑ましくて、もう大好きなシーンだ。

何かを乗り越えようと思ったとき、僕らの側には必ず支えてくれる”誰か”の存在がある。
”僕”にとっての双子、鼠にとってのジェイは、そのことを象徴するような存在だったのだと思う。
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by inotti-department | 2005-12-21 02:17 | book
伊坂幸太郎『魔王』 ~考えろ考えろ、マクガイバー~
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満足度 ★★★★★★★☆☆☆ (7点)

『魔王』
伊坂幸太郎・著
講談社、2005


<あらすじ>
混迷する日本社会に、突如として現れたカリスマ政治家・犬養。今はまだ弱小野党の一党首にすぎないが、その明快で力強い物言いによって、国民の支持は急速に高まりつつあった。そんな状況に、”ファシズムの台頭”を予感して不安を抱く安藤。ある日、彼は自分に特別な能力が備わっていることに気付く。それは、他人の身体にイメージを重ねあわせて念じると、その相手に思い通りの言葉を喋らせることができる、という不思議な力だ。安藤は思考に思考を重ね、自分のとるべき道を模索しはじめる。


考えろ考えろ、マクガイバー。

主人公の安藤が、ことあるごとに心の中で唱えるこの”呪文”。安藤が子供の頃にテレビで見ていたヒーローものの決まり文句なのだが(って、どんなヒーローものだよ(笑))、これこそ、この小説のキーワード。

「行動する」という目に見えたアクションと比べると、地味で軽視されがちな「考える」ということ。僕たちが日々、どれだけのことをしっかり考えながら生きられているか。きちんと考え、選択して、世界と向き合えているかどうか。著者十八番の、軽妙でユーモアに溢れた文体で包みながら、そんなシビアな問いを投げかけてくる小説だ。

いつもの伊坂作品を期待していると、少し肩すかしを食らうかもしれない。絶対的な悪と対峙する勧善懲悪、爽やかで心地のよい後味、巧みな伏線と唸らされるオチ。そういったキーワードに溢れたいつもの伊坂ワールドとは、今回は少し趣きが違う。小説全体を、モヤモヤっとした得体の知れない空気が覆っているような、そんな不思議な雰囲気の物語だ。

この小説の重要なキーワードに、「ファシズム」「ナショナリズム」「憲法改正」といったものがある。この3つを煽るのが、カリスマ政治家・犬養。ここまで読んだ時点で、「おいおい、犬養って小泉首相のことか?」と誰もが勘付くだろう。もう少し物語を読み進めると、実はこの小説の舞台はもう少し先の未来(小泉的な人が改革半ばで倒れ、政治不信がさらに一層進んだ社会)であるということが判明するのだが、とはいえ犬養に小泉首相を重ねあわせる読み方は間違いではないと思う。

国民全体が、何かに突き動かされるかのように、ひとつの方向へと進んでいる社会。あくまでフィクションとはいえ、小泉自民党が歴史的圧勝を収めた現実社会が自然とオーバーラップしてくる。もちろん、作者自身もそれは織り込み済みだと思う。

最初、ちょっと読んでて嫌な感じだった。正直いって。なんだか、ファシズムとかナショナリズムについての議論がすごく浅く感じられたからだ。付け焼刃、というか。後半の短編『呼吸』(といっても、前半の『魔王』と後半の『呼吸』は、セットでひとつの”長編”だけど)で描かれる、憲法改正の是非に関する論議も同じ。入門編としては良いとして、小説のテーマにするには、ちと”一夜漬け”すぎる。

でも、途中で気が付いた。違う、違うぞ。この小説のテーマはそんなことじゃない。「ファシズムを止めろ」とか「独裁政治に気をつけろ」とか「憲法を改正させるな」とか、伊坂幸太郎が伝えたいのは、そんなメッセージじゃない。伝わってきたのは・・・

考えろ考えろ、マクガイバー。

物語のある場面で、犬養がテレビから国民にメッセージを送る。

よく、考えろ。そして、選択しろ。

安藤の弟である潤也の彼女・詩織は、そのときふとこう感じる。「犬養さんもお兄さん(安藤)も、よく似てる」と。思想的には全く相容れない2人の人物。彼らの唯一の共通点、それが「考える」というキーワードなのだ。2人とも、考えに考えを重ねた末、結果的に、全く違う思想に達したのだ。しかし、途中までのプロセスは、2人ともよく似ている。

それにひきかえ、僕たちはどうだろう?本当に、しっかり考えた末に、自分たちの思想を決定しているだろうか?「改憲」「護憲」「軍隊派遣」「戦力不保持」様々な考え方があるとして、果たしてどれだけのことを考えたうえで、その言葉を発しているだろうか?ただなんとなく、雰囲気だけで、思想をチョイスしてやしないか?

小説の中に、象徴的なエピソードがある。憲法改正に関する国民投票が目前に迫る中、詩織の会社で、大きなトラブルが発生する。社員たちは、そのトラブルへの対応に追われ、みんな「憲法改正」のことなど少しも考えられなくなってしまう。目の前で大変な問題が起こっているのに、のんきに憲法の話など誰もしていられない。

あ、そのとおりだな、って僕は感じた。確かに、例えば好きな人がいて、その人にどうやって想いを伝えようなんて考えているとき、世界情勢とか国会の動きなんてのは、どうでもよく感じられてしまう。例えば、主婦の人にとっては、憲法改正よりも夕飯の献立のほうが大切な問題かもしれない。

僕たちは、日々の暮らしに精一杯で、実感のわかないような問題に関してはときに何も考えられなくなってしまう。でも、本当にそれでよいのか?その間にも、世界は、社会は動いている。そして、最終的に、変貌した世界は、僕たちにも変化を迫るのだ。例えば、戦争とか。

国民投票当日。投票を終えた詩織は、こう感じる。「何か取り返しのつかないことをしたような気持ち」。たかが一票。でも、その積み重ねが、世界をつくる。例えば、100円からはじめた競馬が、単勝を当て続けることで、1億円になるように。されど一票。僕たちの選択には、常に責任がつきまとう。

何も考えない心にこそ、「魔王」は棲んでいる。

特別な力を持っているのは、何も安藤と潤也だけではない。僕たちは誰もが、特別な力を行使する権利と責任を持っている。そんなメッセージもこめられているのかもしれない。

小説の中では、いろいろな考え方が説明されている。安藤や詩織の同僚が感じる漠とした不安もよくわかるし、一方で、犬養支持者たちの理論にもなかなかの説得力がある。どちらが正しいのか、それは僕にはわからない。でもとにかく。考えろ考えろ、マクガイバー。

でたらめでもいいから、自分の考えを信じて、対決していけば、世界が変わる。

でも、僕が最も共感したのは、後半の『呼吸』の主役・潤也だったかもしれない。空を見上げ、ただただ鳥を観察することを仕事とする潤也。そんな彼を見ながら、詩織は、「鳥を探して、ただ呼吸する。それで、充分かもしれない」と思う。潤也は、ふと冗談めかしてこんなことを口にする。「いっそ、武器なんか持たなきゃいい。ヘタに持つから、狙われるんだ。丸腰の相手なら、誰も攻撃しようなんて思わない」

すごく子供じみているかもしれない。小説の中でも、あっさり詩織によって却下される。でも、究極的なことをいえば、こういう考え方こそ真実なんじゃないかって、僕は思う。

本音はオブラートで包む伊坂作品のことだ。
案外、これが本音なのかもしれない、なんて。
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by inotti-department | 2005-12-11 11:09 | book
『ダ・ヴィンチ・コード』 ~犯人よりも聖杯探し!~
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満足度 ★★★★★★★☆☆☆ (7点)

ダン・ブラウン著
『ダ・ヴィンチ・コード』
2004、角川書店


最近、とても悲しいことに、映画も本も、すべてチェックが後手後手にまわっている。

映画を例にすると。公開が終わる直前に、慌てて劇場へ足を運ぶ。公開されたばかりの作品は、とりあえずあとまわしにして。しかし、やがてその作品も、公開が終わる。慌てて観に行く。すると、また次の新作は、ひとまずあとまわし。その繰り返し。

まさに、負のスパイラルである(涙)。

そんなわけで、いまさら、『ダ・ヴィンチ・コード』を読み終えたわけです。はい。僕は常に何かしら本を1冊携帯しているので、周りの人から「いまは何を読んでるの?」と聞かれるパターンが少なくない。でも、今回ほど、いろんな人から「あ、それ読んだよ。面白いよね~」と、ちょっと誇らしげな顔で言われまくったことはなかった(笑)。

というわけで、今回は「面白いから、ぜひ読んでみて!」なんてことは言いませぬ。「面白く読ませていただきました!」という感じで、とどめておこうと思います。

では、簡単なあらすじ。今さらですが。。。
ルーブル美術館の館長ソニエールが殺された。パリに滞在していた象徴学者ラングドンは、ファーシュ警部から呼び出される。理由は2つ。ひとつは、彼がソニエールと会う約束をしていたこと。もうひとつは、現場に謎のメッセージが残されていたから。ラングドンはメッセージの意味を解こうとするが、現場に現れた、ソニエールの孫であり暗号解読官であるソフィーから驚くべき事実を伝えられる。警部は隠しているが、現場には「ラングドンを捜せ!」というメッセージが残されていたため、ラングドンは事件の重要参考人になっているというのだ。ラングドンは、自分の無実を証明するため、またソニエールが残したメッセージの意味を解くため、ソフィーとともに美術館を脱出するのだが・・・。

<以下、多少ネタバレ入ります。でも、ミステリーなので、犯人の名前は伏せます。>

世界的ベストセラーになっているというのも、十分に納得。ページを捲る手が止まらない、魅力的なミステリー小説である。

といっても、その魅力は、「犯人捜しのミステリー」としてのものではない。というより、実際にソニエール殺しを実行した人物に関しては、小説の冒頭ですでに明らかにされている。だから、ここでいう犯人とは、全ての事件を裏で操る”導師”の正体なのである。が、その”導師”が誰なのかということなど、物語の中盤あたりからどうでもよくなってしまうのだ(しかも、”導師”の正体の見当は、途中で大体ついてしまう)。

『ダ・ヴィンチ・コード』のミステリー。それは、イエス・キリストにまつわる伝説。そして、キリスト教の暗部に触れる”聖杯”を探すミステリーとしての魅力なのである。

イエス・キリストは神ではなく、ただの1人の人間だった。彼は、普通の人間と同じように、恋もしたし結婚もした。その相手は、マグダラのマリア。

しかし、イエスを神として絶対的な存在にすることで組織力を増したいキリスト教会は、その事実をひた隠しにしてきた。そして、聖書は書き換えられ、マグダラのマリアは娼婦として貶められた。

その事実を証明する文書をずっと守りつづけてきた秘密結社。それが、シオン修道会。殺されたソニエールは、そのシオン修道会のトップだった。ソニエールを殺した”導師”が狙うのが、まさにこの文書。それは、”聖杯”と呼ばれ、常に人々の関心の的となってきた。さて、”聖杯”はどこにある?ラングドンは、それを手に入れることができるのか?

これは、西洋史に興味がある人にとっては、もうたまらない小説だろうと思う。僕は、全くそのジャンルには詳しくないのだが、それでも十分に楽しむことができた。というより、この小説は、例えば敬虔なクリスチャンの方などにとっては、一番読むのが難しい物語かもしれない。だから僕のように、信仰心もなく宗教的関心も低い人間のほうが、かえって小説世界に純粋に入っていけたということもあったと思う。

これでもか、これでもか、と言わんばかりに謎を引っ張りまくる展開が素晴らしい。ひとつ暗号を解くと、また別の暗号が。ひとつ箱をあけると、その中にはまた箱が。これはミステリーの古典中の古典的手法で、「ええかげんにせえよ!」とツッコミたくもなるけれど、そのしつこさがたまらなく心地よいのだ(笑)腰が抜けるほどビックリするような衝撃的展開があるわけではないのだが、グイグイと引き付けられてしまう。

ただ、欲をいえば、最後の処理がもうひとつだったかなーという気もする。”導師”の正体があっさりわかって、「さぁ、あとは聖杯を見つけるだけ!」となって、そのあと。ラングドンとソフィーが最後に訪れた地で待っていたもの。不思議な感動があり悪くない展開のだが、うーん、何かおかしいぞ。僕らが望んでいたカタルシスは、そういうことではなかったような・・・・。

でも、謎を謎として残したまま余韻をもって終わるラストは、なかなか良いと思う。変に安っぽいオチをつけられるぐらいなら、この終わり方でベストだろう。

さてさて、この話、来年映画になるとか。主演はトム・ハンクス、監督は『ビューティフル・マインド』や『アポロ13』のロン・ハワード。

これはかなり期待でしょう!というのも、この『ダ・ヴィンチ・コード』、間違いなく映画向きの話だと思うから。途中あたりから、僕はまるで映画を観ているような気分に陥ったぐらい。話の展開の仕方、ミステリーとしてのわかりやすさ、これはまずハズレないだろうと思う。

なかなか上下巻を読むヒマがなくてお困りの方、来年公開の映画を待ってもよいと思います!

って、まだ観てもいない映画を勧めるなんて、我ながらなんと無責任なヤツなのだろう(笑)
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by inotti-department | 2005-11-03 01:41 | book
村上春樹『東京奇譚集』 ~なんだか”ホット”な短編集~
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満足度 ★★★★★★★☆☆☆ (7点)

村上春樹・著
『東京奇譚集』
2005、新潮社


村上春樹の最新作。
相変わらず、よく売れているようだ。
書店にズラっと並んでいるのを見ると、ファンとしてはやっぱりとてもうれしい。

しかし、いつも思うのだけれど、村上春樹が国民的人気作家だという事実は、本当に不思議だ。

だって、読んだ人が全員同じように満足できるようなタイプの小説家では、決してないだろう。
ストーリーは個性的で難解(個人的にはそうは思っていないのだが、客観的にみればそうだろう)だし、少なくとも万人受けするような物語を書く人ではない。

この最新作『東京奇譚集』も、やはりそういう村上春樹らしさに溢れている。
東京を舞台に起こる、5つの不思議な物語を集めた短編集である。

しかし一方で、村上春樹を何冊か読んだことのある人にとっては、また違った印象も残ったかもしれない。
僕も、そのひとり。

何が違うのかって、この新作、なんだかとっても”ホット”なのだ。

<以下、ネタバレも含みます。未読の方は、ご注意を。>

村上作品の主人公たちって、いつもだいたいすごくクール。
あまり、目に見えるような感情の昂ぶりは見せず、物事をとらえていく。
しかし、今回は、ちょっと趣が違うのだ。

例えば、1話目の『偶然の旅人』(ちなみに僕は、この短編が一番好き)。
ゲイの主人公は、偶然出会った女性のホクロを見て、絶縁状態になっていた姉のことを思い出す。そして10年ぶりに電話を掛け、再会を果たす。

そのときの彼と姉の会話が、すごく”ホット”なのだ。
お姉さんは号泣しているし、彼も涙をぐっとこらえている。
なんだかとっても人情味あふれる、家族の物語ではないか。

4話目の『日々移動する腎臓のかたちをした石』もそう(これが、2番目に好きな短編)。
淳平は、16歳のときに父親から言われた「人生で本当に意味のある女は、3人しかいない」という言葉が頭から離れず、それ以来、女性と深く付き合えなくなってしまった。そんなある日、キリエという女と出会う。

これは、ラストが”ホット”。
キリエと別れた淳平は、ついに気付く。
「大事なのは数じゃない。大事なのは、1人を受容しようという気持ち。それは常に、最初であり最終でなくてはならない」
直接的な表現はできるだけ避ける村上作品において、このダイレクトで”ホット”なメッセージは、極めて異例といっていい。

他の3篇も含め、この短編集は”ホットである”という点において、どの物語にも一貫性がある。
そして、どのエピソードにも共通しているのが、”他者との繋がりを求める気持ち”である。

偶然知り合った女性との出会いを通じて、姉との繋がりを回復する男の物語である『偶然の旅人』。
息子のような2人の若者との交流を経て、息子の死という事実を受け入れる母親の前向きな姿を描いた『ハナレイ・ベイ』。
様々な人たちと交流しながら、謎の失踪をとげた男の行方を追うことを仕事とする男の話である『どこであれそれが見つかりそうな場所で』。
ある女性との交際によって、誰か1人を愛することの大切さに気付く男を描いた『日々移動する腎臓のかたちをした石』。
”自分の名前が思い出せなくなる病気”にかかった女性が、”名前”を盗んだ猿の言葉によって、心に蓋をすることで誰も愛せなくなってしまっていた自分に気付かされる『品川猿』。

どの主人公たちも、最初は心に大きな闇を抱えている(『どこであれ・・・』は、ある意味では主人公が不在の”象徴的”な話なのでちょっと違うが)。
それが、他者との関係をもつことで、その心の闇と向き合う気持ちを持つようになる。
そして、心の闇を消し去るために、新たな”繋がり”を求めるのである(あるいは、”繋がり”を回復することで、心の闇を消し去ることに成功する)。

「喪失と再生」というのは、常に村上春樹が向き合いつづけている最大のテーマであり、今回もその点は変わらない。
ただ、アプローチの仕方が違うのだ。

いつもはもっとオブラートに包む”クール”なアプローチが持ち味なのだが、今回はずっと表現がダイレクト。
「人と繋がっていたい!」
そういう前向きな気持ちが、とてもわかりやすく描かれている。

また、”家族”という関係に重点を置いていることも興味深い。
姉、息子、夫、父親、母親。
どのエピソードにおいても、主人公の心の闇には、家族が大きく関わっている。
そういう意味でも、とってもダイレクト、なのだ。

人と人が関わるから、心には闇が発生する。
しかし、人と人が関わるからこそ、その闇は晴れるのだ。
そのメッセージをよりクリアに表現するために、”家族”という最も近い人間関係を描いたのかもしれない。

そういえば、『海辺のカフカ』の最後の文章を読んだときにも、僕は同じような感想を抱いたのだった。
これほどダイレクトに読者に語りかけてくる文章は、かつてなかったのではないか、と。

そういう意味では、この『東京奇譚集』は、さらにその”ホット”路線が強まった作品であると言えるのかもしれない。

さて、次に村上春樹は、どんな作品を書くのだろう?
願わくば、それが『海辺のカフカ』以来の大長編であれば、とってもうれしいのだけれど。
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by inotti-department | 2005-10-01 03:40 | book
小説『LOVERS』 ~女性の視点って、いやはや・・・。~
満足度 ★★★★★☆☆☆☆☆(5点)

1週間ほど前に、『I LOVE YOU』という本を読み終えて、このブログにも感想を書いた。

『I LOVE YOU』は、人気若手男性作家6人が、恋愛をテーマに書き下ろした6篇の短編を集めたアンソロジー。
しかし、この企画には、実はルーツがあった。
4年前に出版された、江國香織、唯川恵ら女性作家9名による恋愛アンソロジー。
それが、『LOVERS』だ。


読んで驚かされた。
いやはや、男と女とは、こうも違う生き物か、と。

簡単に言おう。最大の違い。それは、
男版 → 「出会い」の話がほとんど。
女版 → 「別れ」の話がほとんど。


ディテールも違う。
男版 → ハッピーエンド。前向き。ピュア。幼稚。初恋。
女版 → クール。悲観的。性描写。達観。不倫。


この違いは、何なのだろうか?
「恋愛について、自由に書いてください」と同じことを言われて、こうも別個の作品が完成するとは。ものすごく興味深い。

『LOVERS』を読み終えると、『I LOVE YOU』がまるでおとぎ話のように思えてくる。でも、それが男性の恋愛に対する考え方なのかもしれない。いうなれば、ロマンティスト。

一方、女性版は違う。恋愛に対してものすごく情熱的(性描写の多さも、その表れだろう)だが、その反面、常に”別れ”や”終わり”を意識している。いうなれば、リアリスト。

どちらが面白かったかと聞かれれば、僕は、断然『I LOVE YOU』を推す。
正直、『LOVERS』は、読んでいて疲れてしまった。

『I LOVE YOU』で描かれた恋愛模様は、たしかに幼稚だ。実際には、男女の問題とは、そんなに甘いものではないだろう。でも、男性作家陣は、恋愛の可能性に対してとても前向きだから、物語に広がりがある。希望がある。だから、読んでいて元気になるし、話も個性的だ。

それに対して、『LOVERS』は、大人の視点。極めてリアルかつシビアに、恋愛というものを捕えていると思う。でも、あまりにも悲観的で冷めているが故に、物語に広がりがない。すごく狭い世界で話が完結していて、希望も感じられない。だから、読んでいて疲れる。

もうひとつ感じたことがある。女性版は、シビアな視点が貫かれているはいるが、物語の展開にはなんだか締まりがないのだ。起承転結というと古臭いが、要するに、物語の流れをコントロールできていないと感じる短編が少なくないのだ。

それは、作家の実力の問題?それもあるのかもしれない。でも、それ以上に、恋愛という厄介なテーマを扱うにあたって、必ずしもクールでいられなかったということではないだろうか。

心が震えるがあまり、物語もブレる。そんな風に感じる、未完成な短編も多かったと思う。そう、逆説的だが、クールでもあり、同時にとびっきり恋愛に対して情熱的。あるいは、情熱的なことを自覚してるからこそ、クールであろうとするのかもしれない。

とりあえず言えることは、恋愛に関しては、女性のほうが1枚も2枚も上手、ということだろう。
ただ、最後に恋愛を成功させるのは、案外、そういう男性の”幼稚さ”なのかもしれないが。

だから、僕は『I LOVE YOU』を支持する。幼稚でもいい。それでも、やっぱり、恋愛には希望を見ていたい。


と、ここまで書きながら、いま思った。結局、この感じ方も、僕が男だからなのだろう、と。
僕も間違いなく、恋愛に対しては”幼稚なロマンティスト”だという自覚がある。
いや、多かれ少なかれ、男性なら頷けるのではないだろうか?

となると、女性がこの2冊の本を読んだ場合、逆に『LOVERS』の方を支持するのだろうか?
ぜひ、女性の方々から、この2冊を読み比べた感想を聞きたいなぁ。
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by inotti-department | 2005-09-19 10:16 | book
伊坂幸太郎、石田衣良他『I LOVE YOU』 ~やっぱり伊坂!本多もスゴイ!~
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満足度 ★★★★★★★☆☆☆ (7点)

伊坂幸太郎・石田衣良他
『I LOVE YOU』
2005、祥伝社


今回紹介するのは、男性作家6名による短編小説集。
テーマは、「恋愛」。
参加メンバーは、伊坂幸太郎、石田衣良、市川拓司、中田永一、中村航、本多孝好の6名。

こういう、いわゆる”アンソロジー”の醍醐味は、普段読まない作家との運命の出会いのチャンスがあること。僕は伊坂幸太郎目当てでこの本を手にとったが、石田衣良(テレビではかねがね)や市川拓司(『いま、会いにいきます』は映画で観て泣いたが、小説は未読)の作品は1度も読んだことがない。こんな機会でもなければ、なかなか読むこともなかったかもしれない。

しかし同時に、参加する作家にとって、”アンソロジー”は残酷なものでもある。
「最後の話はよかったけど、3番目のやつは最悪ー!」こんな風に、読者は、容赦なくバッタバッタと順位づけをしていくものだからだ。

さぁ、待っているのは、運命の出会いか、残酷な出会いか?
伊坂幸太郎を超える作品は、果たしてあるのか?
そんな期待を胸に、僕はページを捲りはじめた。


結論から言おう。以下、面白かった順に並べる。

第1位 伊坂幸太郎『透明ポーラーベア』
第2位 本多孝好『Sidewalk Talk』
第3位 中田永一『百瀬、こっちを向いて』
第4位 石田衣良『魔法のボタン』
第5位 中村航『突き抜けろ』
第6位 市川拓司『卒業写真』


こんな順位をつけると、「まったく、これだから、ファンっていうのは視野が狭くて困るよなー。自分の好きなもの以外、認めようとしないんだから」などと言われてしまうかもしれない(笑)
でも、僕だって、そういうのは好きじゃない(例えば、ダウンタウンの大ファンの人がナイナイの文句を言っているのを聞くと、うんざりする。イチローと松井。三谷幸喜とクドカン。中田と俊輔。パターンはいろいろ)。だから、出来ることなら、伊坂作品より面白いのがあるといいなぁ、と読む前は思っていたぐらいなのだ(言い訳じゃないですから、これは)。

でも、良いものは良い。「透明ポーラーベア」、これは本当に素晴らしい短編だと思う。たぶん、この本を手に取ったほとんどの人にとって、最も心に残る作品になったのではないだろうか。

この本で初めて伊坂作品を読んで、興味を持った人がもしいたら、デビュー作の『オーデュボンの祈り』(文庫化済み)から順番に読むことをオススメしたい。出来ることなら、順番に。理由は、順番に読んでいけば、自然にわかるかと思います。

伊坂幸太郎が恋愛小説?と、最初はその不似合いな組み合わせに驚いたのだけれど、読んでみたらなんてことはない、いつもの伊坂ワールド。彼の描きたかったテーマに、うまく恋愛がリンクしてきたという印象だ。

テーマは、「繋がり」。
優樹には、千穂という2年交際中の恋人がいた。が、優樹の転勤が決まり、2人は未来に不安を感じていた。そんなとき、デート先の動物園で、富樫さんと再会する。富樫さんは優樹の姉の元彼氏で、会うのは姉たちが別れて以来5年ぶり。優樹は、富樫さんと話しながら、姉のことを思い出す。姉は恋愛に対して奔放で、優樹が紹介されただけでも相手は10人を下らなかった。
富樫さんは、最後に紹介された人で、優樹が一番好きになった男だった。優樹は、富樫さんと姉が結婚することを望んだが、2人にもやはり別れは訪れた。そして、姉はその後シロクマ(透明ポーラーベア)に会いに北極へ向かい行方不明になり、富樫さんの隣にはいま新しい彼女がいる。優樹が千穂との今後の”繋がり”に不安を感じるのは、姉の別れを何度も見てきたから。ずっと繋がっていることなんて、本当に出来るのだろうか?そんな優樹に、その夜、奇跡のような出来事が訪れる・・・。

描かれる情景や言葉のひとつひとつが、心に残る。
そして、”繋がり”というキーワード。僕は、震えた。そして、読み終えたとき、この小説に出会えたことに、心から感謝した。

僕たちの人生には、多くの別れがつきまとう。それは避けられない。でも、別れ=”繋がり”の消滅では、決してないのだ。僕たちは、目に見えない糸できっと繋がっている。世界は、僕たちが考えているより、ずっとずっと小さいものかもしれないのだ。だから、クヨクヨしたり、不安になることなど、まったくない。

伊坂幸太郎のメッセージは、いつも優しく、前向きで、心地よい。

そして、”繋がり”といえば、最も伊坂幸太郎が得意とすること。この短編でも、ひとつひとつのエピソードが伏線となり、最後に奇跡的な”繋がり”をみせる。

特に圧巻なのが、「成田山の法則」。成田山への初詣。元旦に行く人もいれば、2日や3日に行く人もいる。もし全員が初日に行こうと決意したら、元旦の成田山はパニックになる。でも、決してそんなことにはならない。そういう不思議なバランス、それが「成田山の法則」。でも、何の制限もないのだから、ひょっとしたら、全員が元旦の成田山に集結することだってあるかもしれないじゃないか?

これが、最後の最後、重要な伏線となって物語に奇跡を起こす。こんなところにも、”繋がり”ということを考えずにはいられない。

さて、他の5篇については、長くなってしまうので簡単に書く(詳しいstoryは、「ネタバレstory紹介」をご参照ください)。
では、後味の悪いのは好きじゃないので、順位の低い順に。

第6位:市川拓司『卒業写真』
偶然再会した中学生の同級生を違う人と勘違いして、自分のかつて好きだった人の話をしてしまう。しかし、実は目の前にいるその男こそ、かつて自分が想いを寄せていた人だったのだ。
このアイデアは面白い。ただ、しばらく勘違いしつづける主人公に対して、読んでいるこっちは、すぐにそのトリックに気付いてしまう。だから、話が意外なほど転がらないし、盛り上がらない。しかも、その片想いの相手”渡辺くん”に、僕は少しも魅力を感じなかった。

第5位:中村航『突き抜けろ』
大野は、彼女と奇妙な交際をしていた。それは、週3回決まった曜日の決まった時間にのみ電話して、デートも決まって週1回だけするというもの。そんな大野が、親友の坂本、そして風変わりな青年・木戸さんと出会う。
3位から5位は、ほとんど差がない。正直、これが3位でも良いぐらい。すごく荒削りで欠点も多いのだが、妙に心に残る部分もあった。主人公の3人は、現状を打破する勇気がもてずにいる。大野は彼女に嫌われたくなくて控えめな交際をつづけ、坂本は片想いの相手に告白する勇気がもてず、木戸は酒とタバコを恋人に冴えない生活をつづける。でも、彼らは彼らなりの方法で、その現状から”突き抜けて”いく。ラスト、「彼女にいますぐ電話しなくちゃ!」と決意する大野の”突き抜け”がすこぶる爽快。もう少し無駄がなくなりコンパクトに表現するテクニックをつければ、この作家は大化けするかもしれない。

第4位:石田衣良『魔法のボタン』
彼女にフラレて傷心の隆介は、幼馴染の萌枝と飲み歩くことで立ち直っていく。今まで異性として意識したことのなかった萌枝を、隆介は次第に女として見始める。
ベタベタ。話自体はどうってことない。ただ、やっぱり文章がうまいので、物語の展開に無駄がない。たぶん、この作家の力量なら、この程度の短編ならば短時間で書けてしまうのだろう。さすがだなと思うのは、タイトル。この”魔法のボタン”ごっこの存在が、クライマックスを印象的なものにしている。

第3位:中田永一『百瀬、こっちを向いて』
高校時代。相原は、先輩で幼馴染の宮崎から奇妙な依頼を受けた。それは、ある女と交際している演技をしてほしい、というもの。宮崎には神林という彼女がいたが、彼はその”ある女”とも交際していて、それをカモフラージュするのが狙いだった。それが、相原と百瀬の出会いだった・・・。
いまでいう”アキバ系”的キャラクター、相原が良い。「自分みたいな人間に、恋愛なんて」と考えていた彼が、百瀬と出会い、”欲”をおぼえる。恋愛の”欲”を知ってしまった相原は、もう昔の彼には戻れない。それを不幸なことを捉える相原の背中を、親友の田辺がそっと押す。「僕は恋愛を知らない。だから、僕は君が羨ましい!」と。このシーンはとても感動的だ。百瀬との未来を予感させる爽やかなラストも含め、なんだか映画のように、ひとつひとつの光景が目に浮かぶような素敵な物語だ。ちなみに、著者は、ある人気作家の覆面ネームだそうだ。

第2位:本多孝好『Sidewalk Talk』
彼女との、最後の待ち合わせ。目的は、離婚届を受け取ること。5年間の夫婦生活。浮気でも借金でもないが、自然に訪れた別れのとき。僕は、彼女との出会いや交際の日々を思い出す。
6つの物語の中で唯一、”別れ”を描いた物語。でも、後味は、すこぶる良い。なんといっても、最後の4ページが見事のひとこと。別れ際、すれ違った彼女の香水の匂いに誘われるように、交際して間もないときのあるエピソードを思い出す。そのときに、彼女が言った言葉。それを思い出したとき、主人公は、今日彼女が本当に伝えたかった想いに気付く。奇跡のような偶然がきっかけで結ばれた2人に、もう1度奇跡は訪れるのか?”別れ”を描きながら、”未来”さえ予感させつつ、この素敵な短編は幕をおろす。


6つの話、どれもそれなりに面白い。どの作家も、それぞれが個性を発揮しているし、読んで損のないアンソロジーだと思う。
ただ残念なのが、本全体のタイトル。『I LOVE YOU』って(10年以上の歴史を刻んできたミスチルが最新アルバムに『I♥U』とつけるのとは、わけが違う)。

6人の作家たちの、一生懸命考えた素敵なタイトルたちを見てほしい。『透明ポーラーベア』『魔法のボタン』。作家たちは、それこそ命をかけて戦っているのだ。だったら、出版社だって、それこそ命をかけて、本を手にとってもらう努力をしなければならない。

ただ、この本は、奇跡のような偶然によって、救われた。それは、掲載の順番。
よく見るとただの「あいうえお順」なのだが、偶然にも、伊坂幸太郎ではじまり、本多孝好で終わっている。

最初と最後の物語が素晴らしいので、この短編集は、読みはじめのワクワク感と読み終わりの後味が、すごく胸に残るのだ。

いや、でも、これって本当に偶然なのか?
ひょっとしたら、最初から順番のことを考えて、キャスティングしてたりして。
ひょっとしたら、「伊坂幸太郎ではじめたいから、「あ」ではじまる作家には声をかけるな!」なんて指示が出てたりして。

真相はわからない。
でも、僕はやっぱり、奇跡のような偶然を、信じてみたい。

この短編集を読み終えたいま、そんな気持ちになっている。
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by inotti-department | 2005-09-10 17:14 | book
   
映画・小説・音楽との感動の出会いを、ネタバレも交えつつ、あれこれ綴っていきます。モットーは「けなすより褒めよう」。また、ストーリーをバッチリ復習できる「ネタバレstory紹介」も公開しています。
by inotti-department
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