> ご案内
当ブログでは、「あの映画(小説)、一度観たんだけど、どういう話だったかが思い出せない・・・」とお困りの方のために、映画(小説)のストーリーを完全に網羅したデータベースを公開しております。詳しくは、カテゴリ内の「映画(小説)ネタバレstory紹介」をご参照ください。なお、完全ネタバレとなっていますので、未見の方はくれぐれもご注意ください。
> 最新のトラックバック
welsh blacks
from welsh blacks
テラびしょびしょw
from お・な・に・ぃ
gilroy high ..
from gilroy high sc..
luniz videos
from luniz videos
mortgage loa..
from mortgage loan ..
elizabeth ar..
from elizabeth arde..
animator fro..
from animator from ..
負けても勝ち組w
from ドンパッチ
korean women..
from korean women n..
pcbyte
from pcbyte
<   2005年 09月 ( 16 )   > この月の画像一覧
選挙へ行こう!
明日は、選挙。

政治的な話題は、それぞれの思想の問題もあるので、あまりゴチャゴチャ書くつもりはない。
ひとりひとりの日本人が、自分の信念に従って、行動すればそれでよいと思う。

ちょっとした小話。
昔、僕が思い描いていた、ある空想がある。
それは、「投票率100%、有効投票数ゼロ」。

簡単にいえば、有権者全員が投票所へ行き、そして、有権者全員が白票を入れる、というものだ。

一時、深刻な政治不信に思い悩んでいたとき、僕はそんな夢(?)を抱いていたのだ。
これが実現したとき、はじめて政治家たちは本気で、自分たちがやらなければならないことに気付くのではないか。本気で、反省するのではないか、と。

いまは、ちょっと考え方が変わった。
それでも、いまだに、それが実現したら面白いなーって、無責任に考えることもあるのだけれど。

さぁ、明日は選挙。
白票を入れましょうとは、言いますまい(笑)。
僕も、たぶんそうはしないと思うし。

言いたいことは、ひとつだけ。

さぁ、選挙へ行こう。
[PR]
by inotti-department | 2005-09-11 00:45 | news
伊坂幸太郎、石田衣良他『I LOVE YOU』 ~やっぱり伊坂!本多もスゴイ!~
e0038935_14521518.jpg
満足度 ★★★★★★★☆☆☆ (7点)

伊坂幸太郎・石田衣良他
『I LOVE YOU』
2005、祥伝社


今回紹介するのは、男性作家6名による短編小説集。
テーマは、「恋愛」。
参加メンバーは、伊坂幸太郎、石田衣良、市川拓司、中田永一、中村航、本多孝好の6名。

こういう、いわゆる”アンソロジー”の醍醐味は、普段読まない作家との運命の出会いのチャンスがあること。僕は伊坂幸太郎目当てでこの本を手にとったが、石田衣良(テレビではかねがね)や市川拓司(『いま、会いにいきます』は映画で観て泣いたが、小説は未読)の作品は1度も読んだことがない。こんな機会でもなければ、なかなか読むこともなかったかもしれない。

しかし同時に、参加する作家にとって、”アンソロジー”は残酷なものでもある。
「最後の話はよかったけど、3番目のやつは最悪ー!」こんな風に、読者は、容赦なくバッタバッタと順位づけをしていくものだからだ。

さぁ、待っているのは、運命の出会いか、残酷な出会いか?
伊坂幸太郎を超える作品は、果たしてあるのか?
そんな期待を胸に、僕はページを捲りはじめた。


結論から言おう。以下、面白かった順に並べる。

第1位 伊坂幸太郎『透明ポーラーベア』
第2位 本多孝好『Sidewalk Talk』
第3位 中田永一『百瀬、こっちを向いて』
第4位 石田衣良『魔法のボタン』
第5位 中村航『突き抜けろ』
第6位 市川拓司『卒業写真』


こんな順位をつけると、「まったく、これだから、ファンっていうのは視野が狭くて困るよなー。自分の好きなもの以外、認めようとしないんだから」などと言われてしまうかもしれない(笑)
でも、僕だって、そういうのは好きじゃない(例えば、ダウンタウンの大ファンの人がナイナイの文句を言っているのを聞くと、うんざりする。イチローと松井。三谷幸喜とクドカン。中田と俊輔。パターンはいろいろ)。だから、出来ることなら、伊坂作品より面白いのがあるといいなぁ、と読む前は思っていたぐらいなのだ(言い訳じゃないですから、これは)。

でも、良いものは良い。「透明ポーラーベア」、これは本当に素晴らしい短編だと思う。たぶん、この本を手に取ったほとんどの人にとって、最も心に残る作品になったのではないだろうか。

この本で初めて伊坂作品を読んで、興味を持った人がもしいたら、デビュー作の『オーデュボンの祈り』(文庫化済み)から順番に読むことをオススメしたい。出来ることなら、順番に。理由は、順番に読んでいけば、自然にわかるかと思います。

伊坂幸太郎が恋愛小説?と、最初はその不似合いな組み合わせに驚いたのだけれど、読んでみたらなんてことはない、いつもの伊坂ワールド。彼の描きたかったテーマに、うまく恋愛がリンクしてきたという印象だ。

テーマは、「繋がり」。
優樹には、千穂という2年交際中の恋人がいた。が、優樹の転勤が決まり、2人は未来に不安を感じていた。そんなとき、デート先の動物園で、富樫さんと再会する。富樫さんは優樹の姉の元彼氏で、会うのは姉たちが別れて以来5年ぶり。優樹は、富樫さんと話しながら、姉のことを思い出す。姉は恋愛に対して奔放で、優樹が紹介されただけでも相手は10人を下らなかった。
富樫さんは、最後に紹介された人で、優樹が一番好きになった男だった。優樹は、富樫さんと姉が結婚することを望んだが、2人にもやはり別れは訪れた。そして、姉はその後シロクマ(透明ポーラーベア)に会いに北極へ向かい行方不明になり、富樫さんの隣にはいま新しい彼女がいる。優樹が千穂との今後の”繋がり”に不安を感じるのは、姉の別れを何度も見てきたから。ずっと繋がっていることなんて、本当に出来るのだろうか?そんな優樹に、その夜、奇跡のような出来事が訪れる・・・。

描かれる情景や言葉のひとつひとつが、心に残る。
そして、”繋がり”というキーワード。僕は、震えた。そして、読み終えたとき、この小説に出会えたことに、心から感謝した。

僕たちの人生には、多くの別れがつきまとう。それは避けられない。でも、別れ=”繋がり”の消滅では、決してないのだ。僕たちは、目に見えない糸できっと繋がっている。世界は、僕たちが考えているより、ずっとずっと小さいものかもしれないのだ。だから、クヨクヨしたり、不安になることなど、まったくない。

伊坂幸太郎のメッセージは、いつも優しく、前向きで、心地よい。

そして、”繋がり”といえば、最も伊坂幸太郎が得意とすること。この短編でも、ひとつひとつのエピソードが伏線となり、最後に奇跡的な”繋がり”をみせる。

特に圧巻なのが、「成田山の法則」。成田山への初詣。元旦に行く人もいれば、2日や3日に行く人もいる。もし全員が初日に行こうと決意したら、元旦の成田山はパニックになる。でも、決してそんなことにはならない。そういう不思議なバランス、それが「成田山の法則」。でも、何の制限もないのだから、ひょっとしたら、全員が元旦の成田山に集結することだってあるかもしれないじゃないか?

これが、最後の最後、重要な伏線となって物語に奇跡を起こす。こんなところにも、”繋がり”ということを考えずにはいられない。

さて、他の5篇については、長くなってしまうので簡単に書く(詳しいstoryは、「ネタバレstory紹介」をご参照ください)。
では、後味の悪いのは好きじゃないので、順位の低い順に。

第6位:市川拓司『卒業写真』
偶然再会した中学生の同級生を違う人と勘違いして、自分のかつて好きだった人の話をしてしまう。しかし、実は目の前にいるその男こそ、かつて自分が想いを寄せていた人だったのだ。
このアイデアは面白い。ただ、しばらく勘違いしつづける主人公に対して、読んでいるこっちは、すぐにそのトリックに気付いてしまう。だから、話が意外なほど転がらないし、盛り上がらない。しかも、その片想いの相手”渡辺くん”に、僕は少しも魅力を感じなかった。

第5位:中村航『突き抜けろ』
大野は、彼女と奇妙な交際をしていた。それは、週3回決まった曜日の決まった時間にのみ電話して、デートも決まって週1回だけするというもの。そんな大野が、親友の坂本、そして風変わりな青年・木戸さんと出会う。
3位から5位は、ほとんど差がない。正直、これが3位でも良いぐらい。すごく荒削りで欠点も多いのだが、妙に心に残る部分もあった。主人公の3人は、現状を打破する勇気がもてずにいる。大野は彼女に嫌われたくなくて控えめな交際をつづけ、坂本は片想いの相手に告白する勇気がもてず、木戸は酒とタバコを恋人に冴えない生活をつづける。でも、彼らは彼らなりの方法で、その現状から”突き抜けて”いく。ラスト、「彼女にいますぐ電話しなくちゃ!」と決意する大野の”突き抜け”がすこぶる爽快。もう少し無駄がなくなりコンパクトに表現するテクニックをつければ、この作家は大化けするかもしれない。

第4位:石田衣良『魔法のボタン』
彼女にフラレて傷心の隆介は、幼馴染の萌枝と飲み歩くことで立ち直っていく。今まで異性として意識したことのなかった萌枝を、隆介は次第に女として見始める。
ベタベタ。話自体はどうってことない。ただ、やっぱり文章がうまいので、物語の展開に無駄がない。たぶん、この作家の力量なら、この程度の短編ならば短時間で書けてしまうのだろう。さすがだなと思うのは、タイトル。この”魔法のボタン”ごっこの存在が、クライマックスを印象的なものにしている。

第3位:中田永一『百瀬、こっちを向いて』
高校時代。相原は、先輩で幼馴染の宮崎から奇妙な依頼を受けた。それは、ある女と交際している演技をしてほしい、というもの。宮崎には神林という彼女がいたが、彼はその”ある女”とも交際していて、それをカモフラージュするのが狙いだった。それが、相原と百瀬の出会いだった・・・。
いまでいう”アキバ系”的キャラクター、相原が良い。「自分みたいな人間に、恋愛なんて」と考えていた彼が、百瀬と出会い、”欲”をおぼえる。恋愛の”欲”を知ってしまった相原は、もう昔の彼には戻れない。それを不幸なことを捉える相原の背中を、親友の田辺がそっと押す。「僕は恋愛を知らない。だから、僕は君が羨ましい!」と。このシーンはとても感動的だ。百瀬との未来を予感させる爽やかなラストも含め、なんだか映画のように、ひとつひとつの光景が目に浮かぶような素敵な物語だ。ちなみに、著者は、ある人気作家の覆面ネームだそうだ。

第2位:本多孝好『Sidewalk Talk』
彼女との、最後の待ち合わせ。目的は、離婚届を受け取ること。5年間の夫婦生活。浮気でも借金でもないが、自然に訪れた別れのとき。僕は、彼女との出会いや交際の日々を思い出す。
6つの物語の中で唯一、”別れ”を描いた物語。でも、後味は、すこぶる良い。なんといっても、最後の4ページが見事のひとこと。別れ際、すれ違った彼女の香水の匂いに誘われるように、交際して間もないときのあるエピソードを思い出す。そのときに、彼女が言った言葉。それを思い出したとき、主人公は、今日彼女が本当に伝えたかった想いに気付く。奇跡のような偶然がきっかけで結ばれた2人に、もう1度奇跡は訪れるのか?”別れ”を描きながら、”未来”さえ予感させつつ、この素敵な短編は幕をおろす。


6つの話、どれもそれなりに面白い。どの作家も、それぞれが個性を発揮しているし、読んで損のないアンソロジーだと思う。
ただ残念なのが、本全体のタイトル。『I LOVE YOU』って(10年以上の歴史を刻んできたミスチルが最新アルバムに『I♥U』とつけるのとは、わけが違う)。

6人の作家たちの、一生懸命考えた素敵なタイトルたちを見てほしい。『透明ポーラーベア』『魔法のボタン』。作家たちは、それこそ命をかけて戦っているのだ。だったら、出版社だって、それこそ命をかけて、本を手にとってもらう努力をしなければならない。

ただ、この本は、奇跡のような偶然によって、救われた。それは、掲載の順番。
よく見るとただの「あいうえお順」なのだが、偶然にも、伊坂幸太郎ではじまり、本多孝好で終わっている。

最初と最後の物語が素晴らしいので、この短編集は、読みはじめのワクワク感と読み終わりの後味が、すごく胸に残るのだ。

いや、でも、これって本当に偶然なのか?
ひょっとしたら、最初から順番のことを考えて、キャスティングしてたりして。
ひょっとしたら、「伊坂幸太郎ではじめたいから、「あ」ではじまる作家には声をかけるな!」なんて指示が出てたりして。

真相はわからない。
でも、僕はやっぱり、奇跡のような偶然を、信じてみたい。

この短編集を読み終えたいま、そんな気持ちになっている。
[PR]
by inotti-department | 2005-09-10 17:14 | book
『マラソン』 ~素晴らしき直球勝負!泣けます!~
e0038935_14551827.jpg
満足度 ★★★★★★★☆☆☆ (7点)

『マラソン』(2005、韓)
   監督 チョン・ユンチョル
   出演 チョ・スンウ  キム・ミスク  イ・ギヨン 



難病ものとか障害者ものって、とかく風当たりが強くなりがち。
「安易に泣かせようとするな!」とか、「障害者=純粋なんて決めつけるな!」とか、いろいろと言われてしまう。

確かに一時、ウンザリするほど難病ものが乱立した時期があった。そして、「もういいだろ~」の声が大きくなりはじめると、やがてそういう作品の数は減少しはじめた。

そんな中、お隣の韓国から、1本の映画が届けられた。
『マラソン』。主人公が抱えるのは、自閉症。

それは、ビックリするほど直球で、そして見事なほどに感動的な作品だった。
そして、その作品が描こうとしたのは、「症状」ではなく「家族」だった。

さて、まずは簡単なあらすじ。
チョウォンは、マラソンとシマウマとチョコパイが大好きな20歳。自閉症のために他者とうまくコミュニケーションがとれないが、母親の愛情に支えられ、心優しい青年に育った。母親は、チョウォンをフルマラソンに挑戦させようと、コーチを雇って特訓させる。コーチとの信頼関係を築き、次第に親離れしはじめるチョウォンを、母親は複雑な思いで見守る。一方、チョウォンの弟は、兄にかかりっきりの母親に不満を抱き、非行へと走りはじめていた・・・。

<以下、ネタバレ含みます。未見の方は、くれぐれもご注意ください。>

もう一度言う。
この映画は、難病ものでも障害者ものでも断じてない。
これは、まぎれもなく家族の物語だ。

そして、この作品の主役は、チョウォンではないと僕は感じた。
この物語の主人公は、彼の母親だ。

母親の苦悩に関する描写が、深みがあって本当に素晴らしい。
息子に対する愛情の深さに感動させられるのはもちろんだが、何が素晴らしいって、彼女の心の陰の部分を丁寧に、そして正直に描いていることだ。

最初、母は強引なまでに、チョウォンにマラソンの練習を課す。そのために、コーチのもとに彼を預ける。しかし、コーチと息子の距離が縮まりはじめると、次第に母の態度が変わりはじめる。酒びたりで言葉遣いも汚いコーチを罵倒し、彼をクビにして、息子を自分のもとに取り戻す。

この時点で、観客はコーチのユニークなキャラクターに魅了されはじめているので、母親のこの行動には少し疑問を感じてしまう。さらに彼女は、兄の陰に隠れて放置されてきた弟の孤独に気付いてやれない。映画の中で絶対的な正義だった彼女の姿は、この時点で消滅してしまう。

でも、よく考えてみよう。いったい誰が、彼女を責められるというのか。彼女がどれだけの覚悟をもって、彼を育ててきたか。彼女のあるセリフが、痛々しいほどにグサリと、僕の心に響いてきた。
「私の願いは、チョウォンより1日長く生きること。そのために、100歳まで生きなくちゃ」

私が死んだら、一体誰がチョウォンの面倒をみてくれるというのか。彼女の抱える、あまりにも大きな苦悩。しかし、そんな彼女に対して、コーチはこんなことを指摘する。
「チョウォンがいなくちゃ生きていけないのは、あなたのほうだ」

そうなのだ。チョウォンが親離れできていないとの同様、母親もまた、子離れができていないのだ。いつまでも、彼女がチョウォンの面倒をみつづけられるわけではないのに。

疲れはてた彼女は、ふとした拍子に、彼の手を放してしまう。迷子になるチョウォン。彼は、駅のホームで、ボコボコに殴られていた。息子を抱き締める母。そんな彼女に、チョウォンは言う。
「子供のころ、お母さんが手を放したから、僕は迷子になった」
これを聞きながら、彼女は胃痛で気を失ってしまう。

この日を境に、母は決意する。もう、絶対に手を放すまい。もう、マラソンなどやらせまい。
この瞬間、チョウォンの自立への道は、完全に閉ざされてしまう。
かに思えた。

しかし、違った。チョウォンは、自ら決断した。彼は、周囲の反対を振り切り、そして母の手を自ら振りきり、マラソンのスタートを切る。

このマラソンシーンが、ユニークで素晴らしい。
チョウォンが走っていると、やがて、そのバックの景色が変わる。彼が走るのは、いつも母と買物に行くスーパーであり、彼が迷子になったホームであり、そして大好きなシマウマが走る草原なのだ。そして、彼は手を伸ばし、沿道の人々とタッチをかわす。そこには、彼をボコボコにした男もいる。

このシーンは、チョウォンがついに他者と、そして社会と向き合いはじめたことを象徴している。彼の手は、いつだって母親と繋がっていた。でも、この瞬間、彼の手は、社会と触れ合うのだ。
この描写は、見事のひとこと。僕は、このシーンで震えが止まらなくなり、涙が出てきた。

そして、ゴール。彼を迎える、母と弟。肩をよせあい、彼らはこう語り合う。
「家に帰ろう」

何度でも言う。これは、家族の物語だ。彼が自閉症であるとかどうとか、そんなことはあまり重要なことではない。この物語は、誰にでもあてはまり、訴えかける普遍性をもっている。子が親のもとを離れ、親が子の手を放す瞬間は、どんな家族にも共通して訪れる。

しかし、大切なのは、それでも僕らが帰る場所は「家」なのだということだ。手を放すことを、恐れてはいけない。だって、僕たちにはいつだって「家」があるのだから。何も不安がることはないのだ。

エンドクレジット、もうひとつこの映画はサプライズを用意していた。なんと、このチョウォンには、モデルがいるのだという。実際に、フルマラソンを3時間以内で走った青年の物語が、この映画のベースになっているそうだ。

そう、これはやはり、特別な障害を描いた物語では決してない。
現実の、直球勝負の、素晴らしき家族の物語なのだ。
[PR]
by inotti-department | 2005-09-08 23:52 | cinema
『容疑者 室井慎次』 ~”踊る”シリーズ史上最低の凡作~
e0038935_1459504.jpg満足度 ★★★★☆☆☆☆☆☆ (4点)

『容疑者 室井慎次』(2005、日)
    監督 君塚良一
    出演 柳葉敏郎  田中麗奈  筧利夫

僕は、熱烈な”踊る大捜査線”フリークではない。
映画版の第1作を劇場で観たとき(あれはたしか、公開後すぐの土日だったはず)、周囲の熱気の凄さを実感して(みんな、映画がはじまるまでの待ち時間に、自分たちの”踊る”知識のお披露目会を行っていた)、「あ、こんなに人気あるんだー」と驚いた記憶がある。

特別な大ファンではないのだが、これまで、テレビドラマから映画まで全てのシリーズを一応観てきた。

僕が感じる”踊る”の最大の魅力は、「緩み→緊張」「笑い→涙」「ストレス→カタルシル」への劇的なまでに爽快なジャンプ力。ダラダラ、イライラ、ニヤニヤしながら観ていた軽いタッチの物語が、ある瞬間を機に、突然変化する。そのメリハリがすごい。さんざん笑わされることで生まれる感情の高ぶりは、ふとした展開ですぐに涙に変わってしまう。

そして、それを生み出すのが、愛すべきキャラクターたち。青島、室井、和久さん、真下、すみれ、スリーアミーゴス、などなど。キャラクターがしっかり確立されているから、たとえどんなに事件の内容がつまらなくても、毎回泣きどころや笑いどころが用意されるのだ。とりわけ、キャリアである室井と、現場の所轄のメンバーが心を通わせるシーンなどを見ると、僕はいつも胸が熱くなってしまう。

そんなわけで、要するに、僕は”踊る”シリーズ、けっこう好きなのだ。
と、なぜ最初にこんなことを書くかというと、これから批判・不満をいろいろと述べなければならないからなのだ。”踊る”をそれなりに愛するものとして、それはとても心苦しいのだが。

『容疑者 室井慎次』は、シリーズ史上最低の凡作になってしまった。残念ながら。

簡単なあらすじ。
室井、突然の逮捕。ことの発端は、ある事件だった。若い男が殺され、殺害の疑いをかけられたのは、交番勤務の警官。執拗な取調べに耐えかね、警官は逃走した。その途中、車ではねられ即死。警官の母親は、息子が取り調べで暴行を受け自白を強要されたとして、告訴する。その相手が、捜査の責任者であった室井。一方、警察庁と警視庁は、この一件を権力争いに利用しようとして、責任のなすりつけあいを開始。さらに、エリート弁護士軍団は、執拗なまでに室井を陥れようとし、真相を究明しようと奔走する室井を妨害する。室井逮捕の裏にひそむ、真相とはいったい?

<ここから、ネタバレも含みます。未見の方は、ご注意ください。>

この映画、なんだか最初からちょっと様子がおかしい。
殺人容疑で交番の若い警官が取り調べ。逃走して、事故で死亡。その映像のいいかげんさも含めて、なんだかどうもピンとこないのだ。とりあえずわかるのは、「この事件の裏には、巨大な何かが隠されているのだろう」という予感だけ。

さらに、室井の逮捕。その理由も含め、これもまた全然ピンとこない。『容疑者 室井慎次』っていうタイトルを掲げている以上、ここが話のメインにならなくちゃおかしいのだが、なんだかすごく陳腐なのだ。僕はてっきり、室井に殺人容疑でもかかるんだとばかり思っていた。

しかも、あっさりと釈放される。これも、ピンとこない。なんだか、全然気持ちが乗ってこないのに、話ばかりが進んでいく。気が付いたら、室井は停職を言い渡され、さらに辞職を迫られる。なんだなんだ、話はどんどん進んでるぞ。

事件や謎の素材自体に、僕はこれっぽっちも魅力を感じることができなかった。しかし、物語はどんどん大風呂敷を広げていく。現職警官の殺人容疑と、取調べ中の死亡。警察キャリアの逮捕。そのバックで蠢く、警察庁と警視庁の権力闘争。さらに、何かを企む怪しい弁護士軍団。さぁ、その裏にある真相とは!?製作側は、この時点で観客の気持ちは相当に盛り上がっていると踏んだのだろうが、それは大きな間違い。ピンとこないまま話ばかりが進んでいくから、気持ちが少しもついて行かないのだ。

こうなったら、もうあとは真相に期待するしかない。室井がハメられたことと、警察の権力闘争と、弁護士の陰謀が、どうやってあの小さな殺人事件のもとに繋がるというんだ?さぁ、驚かせてみせろ!スッキリさせてくれ!!(まぁ、実のところは、そんなに真相が気になっているわけではないのだが・・・。)

事件の裏にあったのは、杏子という女性を巡る三角関係。警官と被害者は、杏子をとりあっていた。被害者が邪魔になった杏子は、チンピラみたいな友人に、殺害を依頼。警官は真相を知りながら、杏子をかばっていたのだ。

あれま、またずいぶん陳腐なのね。まぁいいや、それはいいとして、弁護士たちの狙いは?どうしてあんなに室井の邪魔をしたの?

それは、杏子の父親に弁護を依頼されたから。真相を隠すために、被害者の母親に接近し、無理やり告訴させた。室井の動きを封じるため。全ては、お金のため。

・・・・。で、警察の権力争いは、見てのとおりということか。殺人事件に、弁護士や警察幹部たちが関わっていたっていうわけではなかったのね。おしまい。

狙いはわかる。そういう小さな小さなことに振り回される、警察や法というものを描こうとしたのだろう。そして、その狭間で苦悩する室井。そう、室井や青島が現場を通じて戦ってきたものは、いつだってそういう権力の横暴さだったのだ。ある意味、”踊る”シリーズの真骨頂といえなくもない。

しかし、それにしてもちょっとヒドすぎやしないか。これでは、何のカタルシスも、何の盛り上がりもない。あるのは、ただただ虚しさばかり。

無駄に思わせぶりなシーンが多いのもクエスチョン。一瞬だけ登場した大杉漣は、何だったのだ?さも、事件の真相に警察か弁護士が関与していそうな雰囲気をかもし出していたのは、いったいどういうこと?煽るだけ煽って、最後の空虚さをより鮮明に出そうとしたというのなら、ちょっと観客をバカにしている。どうせシリアスにやったって高が知れているんだから、もっとエンタテインメント性を追及しなくちゃ。”踊る”シリーズって、いつもそうしてきたじゃないか?

と、けなしてばかりでも虚しいだけだから、良い点を褒めよう。俳優たちは、それなりに健闘している。柳葉の”静の芝居”も素晴らしかったと思う。ただ問題なのは、やはり主役では、室井の良さが生きないということ。彼の”静”は、青島やすみれの”動”があって、はじめて生きるのだ。でも、これは、柳葉の責任ではない。彼は、主役の責任を、十分に全うしたと思う。

脇役陣もよかった。田中麗奈、柄本明、八嶋智人、筧利夫。みんな、いい味を出していた。脚本がよければ、もっともっと見せ場がつくれたと思う(特に、柄本。最後、彼がビシっと締めると期待してたんだけど。どうして、放置しちゃったんだろう)。

この映画の中で、唯一といっていいぐらい見ごたえがあるのは、室井が学生時代の切ない過去を語る場面。あそこは、確かに素晴らしい。静寂の中で訥々と語られる、室井の独白。一言も漏らすまいと、観客全員が耳をじっと傾けている緊張感が、劇場内にはあった。最も、印象深いシーンだった。

しかし、と僕は思ってしまう。室井のああいう過去。やや嫌な言い方をすれば、”とってつけた”ようにも感じられるぐらい、唐突に語られた過去。果たして、こういうエピソードが、”踊る”シリーズに本当に必要なのだろうか?最初のテレビシリーズで語られるならともかく、今さら明らかになったところで、かえって今後作られるであろう本編第3弾にとって、それは足かせになりやしないか?

あのエピソードは、この『容疑者 室井慎次』というサイドストーリーに色づけするためだけに安易に描かれたのではないか?そんな気がしなくもないが、本当のところはどうなのだろう。
ただの僕の邪推にすぎなければいいのだが。
[PR]
by inotti-department | 2005-09-07 11:20 | cinema
『奥さまは魔女』 ~王道のラブコメ。でも、設定は”?”。~
e0038935_1541243.jpg満足度 ★★★★★★☆☆☆☆ (6点)

『奥さまは魔女』(2005、米)
   監督 ノーラ・エフロン
   出演 ニコール・キッドマン  ウィル・フェレル  

空前のリメイク・ブームに沸いているのは、日本もハリウッドも同じ。
それだけ、オリジナルなネタが枯渇しているということなのだろう。
良作のリメイクを見られるのは嬉しいけれど、ちょっぴり寂しさも感じたりする。

さて、この『奥さまは魔女』も、元ネタはアメリカの超人気テレビドラマ。
日本にもファンは多く、ほとんどの人がタイトルぐらいは知っているだろう。
そういえば、米倉涼子主演で、連ドラにもなっていたような。(見てないけど。)

かくいう僕も、そのひとり。タイトルは知っているが、実際に見たことはない。
ということで、リメイクということは関係なく、1本のオリジナル映画を観る気持ちで、劇場へ足を運んだ。

では、簡単なあらすじ。
落ち目の映画スター・ジャックは、起死回生を図って、リメイクドラマ『奥さまは魔女』への出演を決める。問題は、魔女サマンサ役のキャスティング。自分を目立たせるために、ジャックは新人女優をサマンサ役に起用することを要求。偶然、町で出会ったイザベルに目をつけ、彼女の抜擢を決める。しかし、イザベルは、実は本物の魔女だったのです・・・。

というわけで、正確にいえば、この映画はリメイクではない。いわゆる、劇中劇のスタイルをとっているのだ。

しかし、すごく残念なのは、この設定が全く生きていないこと。
魔女を演じるのは本物の魔女。しかし、周囲は誰ひとり、そのことを知らない。となれば、当然、収録現場でイザベルが起こすドタバタで笑わせてくれるんだろうなーと期待する。

しかし、そういう笑いは、ほとんどない。映画の中には笑えるシーンもけっこうあるのだけれど、そのほとんどは、ジャックを演じたウィル・フェレルのしつこいキャラクターによってもたらされるものだ(そして、笑いをとったシーンの3倍ぐらい、彼はスベってもいるのだけれど)。

そうなってくると、この設定には、一体どういう意味があるのだろうかと考えてしまう。うーん。残念ながら、見当たらない。いかにして有名すぎるTVドラマ『奥さまは魔女』との差別化を図るか、そこに神経を使いすぎて、逆に裏目に出たのではないか。そう僕には感じられた。

と、不満ばかり述べてしまったが、1本のラブコメディとしては十分に楽しめる。キュートな魔女と、ドジだけど憎めない男の、笑える恋愛物語。『めぐり逢えたら』や『ユー・ガット・メール』の監督であるノーラ・エフロンにとっては、得意中の得意とするジャンルだ。ハズレの心配は、まずない。

ニコール・キッドマンも、とても良い。彼女が、これほど魅力的にロマンティック・コメディを演じることができるとは、正直思わなかった。女王メグ・ライアン(もはや過去の話か!?)に、全く負けていないと思う。彼女はまたひとつ、女優としての幅を広げたようだ。

これなら、余計な設定などもってこないで、王道のロマンティック・コメディ作りに専念すればよかったのに。と、オリジナルを全く知らない僕などは、そう思ってしまう。でも、それだとタイトルを変えなくちゃいけないから、今度は「パクリ」って言われかねないか。

ひょっとすると、オリジナルのファンにとっては、いろいろと感慨深いシーンがあったのかもしれない。でも、それに気付けない僕にとっては、オリジナルの存在が、かえって邪魔なものになってしまう。両方を納得させる方法なんて、本当にあるのだろうか?

まったく、これだから、リメイクは難しいんだよなぁ。
[PR]
by inotti-department | 2005-09-03 21:34 | cinema
村上春樹『風の歌を聴け』 ~作家宣言!伝説の幕開け。~
e0038935_1565776.jpg満足度 ★★★★★★☆☆☆☆ (6点)

村上春樹・著
『風の歌を聴け』
1979、講談社文庫


「好きな作家は誰ですか?」と聞かれると、バカのひとつ覚えみたいに「村上春樹」と答えていた時期があった。

ここ数年、意識的にいろいろな作家の本を読むようになってからは、「伊坂幸太郎」や「東野圭吾」など、同じ問いに対して答えを変えてみるケースも出てきた。自分の嗜好も、多少は幅広くなってきたものだなぁと思う。

でも、村上春樹に対する思いは、今もまったく色褪せたわけではない。
彼の長編は全て読んだけれど、ハッキリ言って全て面白かった。
今でも間違いなく、最も好きな作家のひとりである。

さて、ブログ開設を機に、新たに読んだ本の感想を日々タラタラと書いているわけだが、先日、突然ふと気付いた。
新たに読んだ本の感想を書く・・・。
「じゃあ、昔読んだ本の感想は、いつ書けば良いのだ!?」

というわけで、村上春樹作品を読み直すことを決意した。
そして、改めて1作ずつ、感想を記していこうと思う。

ただ、その前に、ひとつだけ断っておきたいことがある。
僕は村上春樹ファンではあるが、決して熱心な村上春樹マニアではない。

彼が熱心なヤクルトファンであることぐらいならなんとか知っているが、彼の生い立ちも知らないし、全発行作品を網羅したわけでもない。
世に言う”ハルキスト”ではない僕の感想である。ひょっとすると、熱心なフリークの方々には、読んでいてイライラするケースも出てくるかもしれない。

でも、僕は僕なりに彼の作品と向き合っていきたいと思っているので、無知を承知で自由に書こうと思う。彼の作品には、自由な解釈の余地が残されているものが多い。だから、僕も、自由に解釈して書く。

それでは、まず紹介するのは、伝説のデビュー作、『風の歌を聴け』である。

簡単なストーリー。
夏休み、生まれ育った街に帰省した大学生の僕は、友人の”鼠”と酒を飲みながら、毎日とりとめのない話をして過ごしていた。そんなある日、行きつけのバーのトイレで、倒れていた女性を介抱する。彼女と親しくなった僕は、デートらしきものをしつつ、互いの距離を縮めていく。しかし、彼女は突然旅行に発ち、そして”鼠”もまた、何か大きな悩みを抱えて口を閉ざす。僕の夏休みの終わりは、すぐそこまで迫っていた・・・。

<以下の感想、ネタバレ含みます。未読の方は、ご注意ください。>

何かが起きそうで、結局、何も起きないまま終わる物語。
何か重大なメッセージが隠されていそうで、結局、何も隠されていないのかもしれない、そんなつかみどころのない小説。

この小説を読み解くのは、本当に困難な作業だと思う。だから、自分なりに100%読み解くことができた人にとっては、「この作品が村上作品の中でも最高傑作だ!」ということになってもおかしくはないと思う。それが、作家の想いと100%一致しているのかどうかは、別として。

僕の感想を言えば、この作品にとびっきりの高得点を付けるわけにはいかない。そんなことをしたら、これ以後の彼の作品には、全て100点満点をつけなければならなくなるからだ。

『風の歌を聴け』を書いた時点の村上春樹は、まだプロの小説家とは言えないと思う。彼は、アマチュア的な気持ちで、アマチュア的な異色作を書ききった。しかし、そこにはまだ、第3作『羊をめぐる冒険』以後の彼の作品に見られるような、ストーリーテリングの魅力が欠如している。

ただ、この作品が、30年近くもの間、トップの小説家としてこの国に君臨している男のデビュー作だということを考えると、やはり何とも言えない感慨深さが沸きあがってくるのは確かだ。
そして、思う。
これは、彼の「作家宣言」だったのだな、と。

冒頭の独白が、とても感動的だ。
様々な人間や出来事が自分の前を過ぎ去り、そして、深い孤独を感じている”僕”。その”僕”が、こう言う。
「今、僕は語ろうと思う。」

語られるテーマは、「喪失の哀しみと孤独。そして、そこからの再生」。

物語の中で、主人公がかつて付き合った3人の女性の話が語られる。彼は、彼女たちを愛していた。しかし、失って時間が過ぎ去ったいま、彼は彼女たちの顔を誰ひとり思い出すことができない。

また、短い夏、一瞬だけ付き合った女性とも、別れが訪れる。冬に戻ると、もう彼女の姿はない。
そして数年たち、彼は結婚して、それなりに幸せな日々を送っている。
物語は、そこで終わる。

また、中盤に、こんなくだりがある。
「クールに生きたいと思い、自分の思っていることの半分しか口に出すまいと決心した。そして気が付いたら、思っていることの半分しか語ることのできない人間になっていた」
「他人に伝える何かがあるかぎり、僕は確実に存在している。でも、誰も僕になど興味を持たない。そして、存在意義を見失い、やがてひとりぼっちになった」

”僕”は、極めてクールな精神の持ち主だ。その語り口もクールで、無理に他人の感情に踏み込もうともしない。そして、自分自身の感情にも。
しかし、彼は、人生を諦めているわけではない。彼は、多かれ少なかれ、孤独や哀しみを感じている。そして、なんとか、そこから抜け出す術を手にしたいと願っている。

その方法が、”語る”、つまり”書く”ということだったのだ。

この”僕”が、イコール”村上春樹”なのかどうか、それは実際にはさほど重要なことではない。大切なのは、”僕”の抱えている孤独の正体が、この小説を読んで何かを感じ取った読者が抱えているそれと、ほぼイコールである、ということなのだ。

そして、この構図は、21世紀に入っても、何も変わっていない。また、村上春樹が一貫して書き続けているテーマも。「喪失と再生」。『ノルウェイの森』も『海辺のカフカ』も、内包しているテーマは、この『風の歌を聴け』と何ひとつ変わらない。

「今、僕は語ろうと思う」
伝説は、この言葉から始まった。
[PR]
by inotti-department | 2005-09-03 02:53 | book
   
映画・小説・音楽との感動の出会いを、ネタバレも交えつつ、あれこれ綴っていきます。モットーは「けなすより褒めよう」。また、ストーリーをバッチリ復習できる「ネタバレstory紹介」も公開しています。
by inotti-department
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
> フォロー中のブログ
> ファン
> ブログジャンル
> 画像一覧