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当ブログでは、「あの映画(小説)、一度観たんだけど、どういう話だったかが思い出せない・・・」とお困りの方のために、映画(小説)のストーリーを完全に網羅したデータベースを公開しております。詳しくは、カテゴリ内の「映画(小説)ネタバレstory紹介」をご参照ください。なお、完全ネタバレとなっていますので、未見の方はくれぐれもご注意ください。
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『タッチ』 ~マンガとは別物。でも、悪くない!~
e0038935_1936937.jpg満足度 ★★★★★★☆☆☆☆ (6点)

『タッチ』(2005、日)
   監督 犬童一心
   出演 長澤まさみ 斉藤祥太 斉藤慶太

あだち充、実は大好きなんです。

読んでない作品もいくつかあるので、熱狂的フリークとまではいかないけれど、間違いなく大好きなマンガ家のベスト3には入ってくる(ちなみに1位は、浦沢直樹。この人については、またおいおい書きます)。

中でも『タッチ』は、やはり特別な存在。個人的に一番好きなのは『ラフ』なのだけれど、やっぱり代表作といったらこれでしょう。まさに、知らない人はいないであろう、国民的名作マンガである。

その『タッチ』が、なんと実写で映画化された。なぜいま、『タッチ』をこの時期に!?

事情はよくわからないけれど、『タッチ』が映画化されるとあっては、観ないわけにはいかない。監督は、いま要注目の犬童一心(『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』)だし、浅倉南を演じるのはこれも注目の長澤まさみだし。

といっても、期待などこれっぽっちもない。あれだけの物語を2時間でまとめるのは困難だし、ましてそれが実写。観終わって出てくるのは、きっと文句だけだろう。

ところが!意外や意外!!

観終えた感想。この『タッチ』、これがなかなかの出来栄えなのだ。もちろんツッコミどころは満載だけれど、十分に楽しめる青春映画になっていた。

さて、今さら紹介するまでもないが、一応あらすじを。
上杉達也と和也は、双子の兄弟。お隣の浅倉南とは、同学年の幼馴染。幼少の頃から、3人はいつも一緒だった。いつしか3人の夢になったのは、甲子園。その夢を叶えるため、弟の和也は野球をつづけ、いまや野球部の優等生エース。一方、兄の達也は何をやっても中途半端な劣等生で、今はボクシングをやっている。南は野球部のマネジャーとして、和也を支える。しかし、南が想いを寄せるのは、和也ではなく達也の方だった・・・。

<以下、ネタバレ含みます。といっても、マンガでご存知の方も多いでしょうが(笑)>

ストーリーの基本線は、マンガに忠実。といっても、細かいエピソードやセリフはオリジナル。だから、「あのシーンはどういう映像になっている?」といったような楽しみ方は、この映画に関してはナンセンスだ。

あだち作品の最大の魅力は、あの飄々とした「間」だと僕は常々思っている。以前、『H2』をテレビ朝日がアニメ化したときに大失敗したのは、その「間」が全く生かせていなかったから。一方、日本テレビの『タッチ』のアニメがマンガと同じくらい面白いのは、その「間」をしっかり表現できているからだ。この違いは大きい(余談だが、日本テレビはアニメづくりが実に上手い。『YAWARA』しかり『シティーハンター』しかり『コナン』しかり)。

さて、実写版『タッチ』はどうだったか?犬童監督は、「間」という土俵にあがることはあえて避けたのだと思う。実写であの「間」を表現するのは、とても難しい。そして、失敗すると目もあてられないような悲惨な事態になってしまう。だから、監督のジャッジは賢明だったと思う。

『タッチ』は、設定やストーリーそのものが、すごく魅力的なパワーをもっている。だから、監督は、あえて小細工を使わずに、王道かつ普遍的な青春物語として『タッチ』の世界を表現してみせた。

そう、これはマンガとは別物の1本の映画なのである。だから、「長澤まさみと浅倉南は似てない」とか「新田が左利きになっている」とか「パンチが実写だとリアルで変だ」とか「原田が妙に常識人だ」とか、そういうツッコミは野暮だと思う(ツッコミをいれて楽しむ分には、問題ないけれど。というか、ここに挙げたのは全て僕自身がいれたツッコミ(笑))。

改めて感じたのは、『タッチ』って面白いよな、ということ。南と達也と和也の関係性なんて最高にスリリングだし、野球モノとしても文句なしに楽しい。こうして王道の青春映画になってみると、素材自体の魅力が改めて浮き彫りになる。

ただ、やっぱりマンガと比べると、出来は落ちる(比べるのは野暮とかいいながら、比べちゃってスミマセン(笑))。最大の欠点は、達也の魅力が映画にはちっとも出ていないこと。達也の良さは、飄々とした裏に熱いハートを秘めていること。でも、その熱さを決して表には出さず、あくまで表向きは3枚目。その奥深さが、カッコよくて魅力的なのだ。

でも、映画版の達也に、そういう魅力はない。特に後半、和也が死んでからは、ただの普通の主人公になってしまっている。野球を辞めたり、やっぱり戻ってきたり、そのへんの心理の揺れも、ちょっとわかりにくい(南に関しても、それは同じ。マネジャーを辞めたり、試合を見に行かなかったり。いまいちわからなかった)。

上杉兄弟のキャスティングは、ちょっと間違いだったかもしれない。といっても、双子という時点で、かなり制限されるから、難しかったのだろうけれど。斉藤兄弟は、顔がそっくりなだけでなく、演技までそっくりなのだ。だから、マンガが持っている達也と和也それぞれの魅力が、映画ではしっかり表現できていなかった。

一方、長澤まさみの浅倉南は、堂々たるものだったと思う。女優にとってこういう役柄への挑戦は、普通あまりプラスには働かない。ブーイングを浴びて失速するパターンも多い。でも、この「長澤版南ちゃん」に関しては、多くの人を納得させる説得力があったのではないだろうか。この人は、将来が楽しみな女優さんだと思う。

決勝戦、グラウンドへと走る南のバックで、主題歌「タッチ」が流れた。このタイミングは最高。胸がカーーっと熱くなってしまった。こういうセンスが、この監督にはある。

なぜいまさら『タッチ』を実写で映画化したのか?その疑問は、最後まで観ても解けなかった。

でも、やっぱり『タッチ』は面白い!そう改めて思わせてくれる、素敵な実写映画。
もしもまだマンガ版を読んだことのない人は、ぜひぜひ読んでみてほしい。あまりの面白さに、ビックリすること間違いなしです!
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by inotti-department | 2005-10-26 20:25 | cinema
『メゾン・ド・ヒミコ』 ~これはスゴイ傑作です~
e0038935_13205436.jpg満足度 ★★★★★★★★☆☆(8点)

『メゾン・ド・ヒミコ』(2005、日)
   監督 犬童一心
   出演 オダギリジョー 柴咲コウ 田中泯

仕事がバタバタしておりまして、久しぶりの更新となりました。

で、今日、紹介するのは『メゾン・ド・ヒミコ』という映画。
実はこれを観たのは、もうかれこれ1週間ほど前。

とても素晴らしい映画だったので、観てすぐに感想を書こうと思ったのだが、不思議と何を書いたらいいのかわからなかった。
一体何が素晴らしかったのか、この映画はなんだったのか。うまく言葉で説明できない映画というのがたまにあるが、この映画はまさにそんな感じなのだ。

1週間たっても、やっぱりよくわからない。
ただ言えるのは、これはスゴイ傑作だ、ということだけだ。

さて、ストーリーの紹介。
塗装会社で働く沙織のもとを訪れた青年・春彦。彼は、ゲイのための老人ホーム「メゾン・ド・ヒミコ」の経営者である卑弥呼の恋人。卑弥呼は沙織の父親だが、母親と沙織を捨ててゲイバーをはじめて以来、絶縁。春彦は、1日3万円で「メゾン・ド・ヒミコ」でバイトしないかと沙織を誘う。借金を抱える沙織は、金に目がくらんで「メゾン」へ。しかし、卑弥呼は末期ガンで、余命あとわずかとなっていた・・・。

<以下の感想、ネタバレ含みます。未見の方は、ご注意ください。>

「ゲイ」というのは、なかなか繊細なキーワードである。
声高に嫌悪感を表に出す人もあまりいないが、かといって「全面支持」を高らかに掲げる人もほとんどいない。いわば、本気で議論されることはあまりない、ある種の「タブー」である。

でも、当事者にしてみれば、それはとんでもない話だ。
ゲイ同士の恋愛だって、男性と女性の恋愛と何も変わらない。にもかかわらず、それが同性同士であるというだけで、白い目で見られてしまう。

日本社会の根底に、ゲイに対する差別が残っているのは、まず間違いない。感情の問題はさておき、それを事実として受け止めることから、この映画はスタートしている。

映画の主人公である沙織も、それは同じ。
自分を捨てた父親に対する嫌悪感。その父親がゲイであるということへの嫌悪感。はじめて「メゾン・ド・ヒミコ」に足を踏み入れた沙織は、ホームで生活するゲイ住人たちへの嫌悪感を露骨にあらわにする。

この彼女の目線が、社会一般の人たちの目線と重なる。そして、映画を観ている観客の目線とも。沙織は、ゲイを受け入れることができるのか?そして、父親を許すことができるのか?
それを最大のキーワードに、映画は物語を進めていく。

次第にゲイ住人たちとの交流を深めていく沙織。その繋がりは、ディスコでのダンスシーンで頂点を迎える。このシーンのもつ、滑稽なまでのハッピーっぷりが最高に素晴らしい。

「あ、沙織はゲイを受け入れることができたんだな」そう思いたくなるが、ことはそんなに甘くない。彼女の前に立ちはだかる「ゲイ」という壁。沙織と春彦は恋に落ちるが(はっきりと告白するシーンこそないが、間違いなく2人は想いあっていたと思う)、一線を越えられない。ゲイである春彦には、女性をどうやって愛したらよいのかがわからないのだ。

そして、沙織とゲイたちとの間に生じる亀裂。ゲイの1人であるルビイが病気になり、住人たちはルビイを家族に引き取らせる。ゲイである事実を隠したまま。これに激怒する沙織。「ご家族がどれだけこれから苦しむかわかる?あんたたちゲイのエゴのせいで」

沙織と春彦も、沙織と住人たちも、彼らがゲイであるという事実さえなければ、もっとスンナリとわかりあえたはず。

そして、沙織と父親も。

沙織は結局最後まで父親を許せないまま、父親はこの世を去る。父親の荷物を全て引き取って、メゾンを去る沙織。沙織とゲイたちとの、切ない永遠の別れ。

しかし、映画は最後に素敵なクライマックスを用意している。

塗装会社の仕事に戻った沙織のもとに届いた1枚の写真。そこに写っていたのは、あるイタズラ書き。それを塗装で消すため、沙織はそのイタズラ書きの書かれた場所へ向かう。

そこは、「メゾン・ド・ヒミコ」。書かれていたのは、「沙織に会いたい」のイタズラ書き。現れた沙織を住人たちは温かく迎え、映画は幕をとじる。

犬童監督は、前作『ジョゼと虎と魚たち』でも、障害を抱えた少女と健常者(言葉の是非は別にして)の青年の恋を描いた。社会的弱者とされる人たちとの交流。それは、決して簡単なことではない。

でも、この『メゾン・ドヒミコ』が持つ温かさは何だろう。簡単ではないけれど、かといって難しいことでもない。そう教えてくれるかのようだ。

なぜ沙織は再び「メゾン・ド・ヒミコ」へ行ったのか。それは、もう1度彼らに会いたかったから。それだけのこと。彼らがゲイであるとか、そんなことは関係ない。この瞬間、沙織と彼らの間に立ちはだかっていた壁は、あっけなく崩れた。

そしてまた、沙織と卑弥呼の間の壁も崩れたのではないかと僕は思う。ベッドから卑弥呼が告げた言葉。「あなたが好きよ」。沙織はそのとき「何よ、それ」と相手にしなかったけれど、きっとそのとき、何か氷のようなものがゆっくりと解け始めたのではないかと思うのだ。

柴咲コウが最高の演技を見せている。眉間にシワを寄せた頑なな表情が、少しずつ温和になっていく表情の変化の素晴らしさ。複雑な感情の揺れを、ごくごく自然に見せる演技の豊かさ。

そして、田中泯。その存在感のスゴイこと。ベッドの上から動かないのに、常に世界の中心にいる存在感。世間からさんざん蔑まれ、それでもゲイたちの心の支えとしてありつづけようとした男の強さ。彼の揺るぎない強さがなければ、映画は説得力を持たなかっただろうし、沙織も「メゾン・ド・ヒミコ」に通いつづけることはなかっただろう。

社会には、人と人の交流を阻害する要因がたくさん潜んでいる。それってとてもおかしなことなんだけれど、でも、やっぱり認めざるをえない。誰が悪いとかそういうことじゃなく、でも、やっぱり確かにそれはある。

だけどそれをなくしていけるような素敵な力が、やっぱり確かに人間にはあるのだ。
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by inotti-department | 2005-10-26 14:24 | cinema
『NANA』 ~漫画ファンたちの呟き~
e0038935_13173361.jpg満足度 ★★★★★☆☆☆☆☆ (5点)

『NANA』(2005、日)
   監督 大谷健太郎
   出演 中島美嘉 宮崎あおい 松田龍平

自慢じゃないけど、少女マンガと呼ばれるものを、生まれて読んだことがない。

というわけで、もちろんこの『NANA』に関しても同じ。
バカ売れしているマンガがあるぞ、というウワサはかねがね聞いていたけれど。

そんな僕が、なぜ映画『NANA』を観る気になったのか?なんてことはない、ただのミーハーだから(笑)。世間で広く受け入れられているものをチェックするのは、僕の性分なのだ。

観たのは水曜日の夜で、レディースデイということもあり、劇場はほぼ満席。お客さんの大半は若い女性(僕がどれだけ浮いていたことか(笑))。

映画の上映中、客席からはクスリとも笑い声があがらなかった。ただの1度も。満席のときって、普通もうちょっと盛り上がるものなんだけど。僕がクスっと笑い声をあげそうになっているときも、周りの人たちは「そこで笑ってるの、君だけだよ」といわんばかりに平静を保っていた。

ところが!
エンドロールが終わり場内が明るくなった瞬間、いままで沈黙を守っていた女性陣が、堰をきったようにダァーーーっと喋りはじめた。僕は、エンドロールが終わったらとっとと帰ろうと考えていたので(さほど余韻を楽しむような映画じゃあるまいし)、その騒然とした感じにはそりゃもう驚いた。

一体、彼らは何を喋っているのだろう?すごく興味があったから、少し劇場内にとどまって、会話に耳を傾けてみた。

さて、その内容とは?
ひとことで言うなら、彼らは「ツッコミ」を入れていた。「あの役にあの俳優はどうなんだ」とか「あのキャラクターが」とか「あのシーンが」とか。

そうなのだ。お客さんのほとんどは、漫画ファンだったのだ。
彼らは上映中、「あの漫画をどう映画に料理してくれるのか、お手並み拝見といこうじゃないの」といわんばかりに、ずっと黙っていたのだ(って、僕の勝手な推測だけれど)。

漫画ファンにとって、この映画は満足できるものだったのか?それは、原作を読んだことのない僕にはわからない。

ただどちらにしても、この映画は、漫画『NANA』ファンのための映画だと思う。

映画の出来は、お世辞にも褒められるものではない。役者たちの演技はあまりにも拙いし(恥ずかしくて見ていられないようなシーンも前半は多かった)、ストーリーにも妙味はなし。1本の作品としてこの映画を存分に楽しむのは、簡単なことではない。

となると、この映画の楽しみ方は、漫画との比較ということしかない。いろんな点を比べながら、おもしろおかしくツッコミをいれて、再び漫画に戻っていく。それが一番正解だろう。

もう1つ思うこと。この映画、予告編の出来が良すぎた。”ここ!”っていうシーンが、みんな予告に登場しちゃってるから、本編と印象が変わらないのだ。ナレーションとか歌の絡め方もすごく上手かったし、僕は予告に惹かれて観たっていう面もあった。

文句ばっかり言ってる感じだけど、2人のナナが「トラネス」のライブに行く、あのシーンは素晴らしい。そこで歌われる『ENDLESS STORY』という歌もとてもよい曲だし(かなり売れているようだ。納得)、それを聴きながら涙を流す中島ナナの芝居もとても良かった。そして、そんな中島ナナの涙を見て、横にいる宮崎ナナがそっと中島ナナの手を握る。このシーンも良い。

しかーーーーーし!
そこ、予告編のメインで使われちゃってるのだ!だから、「あ、ここで手を握るな」っていうのが事前にわかってしまう。いやぁ、ここは本当に残念だった。とっても良いシーンだったのに。

予告の作り方も難しいものだ、ホント。
でも、それでまた1人のバカな男が動員に貢献したのだから、製作側はバンバンザイだろうけど(笑)
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by inotti-department | 2005-10-15 14:06 | cinema
『シンデレラマン』 ~しごく”マジメ”な力作!~
e0038935_0291084.jpg満足度 ★★★★★★★☆☆☆ (7点)

『シンデレラマン』(2005、米)
   監督 ロン・ハワード
   出演 ラッセル・クロウ レニー・ゼルウィガー

井筒さんがCMで絶賛したことでも知られるこの作品。
大体、おすぎとか井筒さんが予告とかに出てくると、ロクなことにならないというのが僕の考え(笑)

でも、今回に関しては、その心配は杞憂に終わった。
『シンデレラマン』、なかなかの力作である。

では、あらすじ。
ジミー・ブラドックは、世界チャンピオン目前まで行ったボクサー。しかし、アメリカを襲った大恐慌により生活が苦しくなり、故障をおして出場した試合での散々な内容が原因でライセンスを剥奪されてしまう。貧困はどん底まで進み、妻のメイは3人の子供たちを別の家に預けようとする。しかし、家族は自分が守ると誓うジミーは、必死で日雇い労働をつづける。そんなジミーのもとを、元マネジャーのジョーが訪ねてくる。彼が持ってきた土産は、一夜限りの試合だった・・・。

<以下、ネタバレもはいります。ご注意ください。>

ロン・ハワードという監督は、『アポロ13』や『身代金』などのヒット作、最近ではアカデミー賞作品である『ビューティフル・マインド』などで知られている。
この監督の特徴は、とにかくダイレクトに直球勝負の映画を撮ること。
今回の『シンデレラマン』にも、そのポリシーは受け継がれている。

物語自体は、全くもってどうってことのない話だ。
衰えて貧乏になった元スターボクサーが、家族を守るためにもう1度立ち上がる”シンデレラ”ストーリー。
2時間を優に越える力作だが、この映画が描いていることは、それ以上でもそれ以下でもない。ストーリーに新鮮味やアイデアを求める人にとっては、この映画は退屈以外の何物でもないだろう。

でも、その表現の力強さといったら、なかなかのもの。どうってことのないストーリーなのに、グイグイとスクリーンに引き込まれてしまう。
この監督、たぶんすごくマジメな人なのだろう。例えば三谷幸喜とかクドカンなんかには、間違っても作れない映画だ(笑)

大恐慌の中で、どれほど庶民が苦しい生活を強いられていたのか。そういうバックグラウンドを丹念に描いていることが、まず何よりも素晴らしい。
それがあるから、主人公ジミーの生き様に感動が生まれる。応援したくなる。

奇跡の復活を遂げていくジミーに、庶民は勇気づけられる。「この生活から抜け出したい!」そう願う人にとって、ジミーの戦いは自分自身の戦いでもあったのだ。
最後の試合、必死に戦うジミーの姿も感動的だが、僕が涙を誘われたのは、そんな彼を必死に応援する人々の姿だった。

ところで、この「ジミー・ブラドック」というボクサー、実在した人だそうな。
彼の最後の試合の結末に、”いかにも実話”という感じが出ている(フィクションだったら、最後はスカっとKO勝ちでしょう)。
観客をおもいっきり泣かせたいなら、もっと感動を煽る方法もあったはずだけど、この映画はそこまでやりすぎない。そんなエンディングにも、この映画のマジメさが出ている。

欲をいえば、もう少しストーリーにメリハリが欲しかったかな、という気はする。
特に後半、あまりにもトントン拍子すぎたような。もうひと苦労あってもよかったのかな、と。って、実話じゃ仕方ないか(笑)

なにはともあれ、こういう”マジメ”な映画もたまには良いものだな、と思う。
とかく、最近はストーリーのネタも尽きてきて、”変化球勝負”みたいになってきている風潮があるし。
直球勝負、大変アッパレではないか。

余談だけど、先日の選挙。
「民主党の敗因は、党首がマジメすぎたこと」という意見に対し、あるニュースキャスターが、
「マジメであることが悪く言われてしまう世の中。なんだかイヤですね」
みたいなことを言っていた。それを聞いたとき、僕も「たしかに」と思った。

いいじゃない、マジメ。
真っ当なことを、真っ当に表現する。それって、とても偉大なことではないか。ある意味、変化球より、よっぽど勇気が必要なのだから。

って、不マジメな僕が言っても、説得力がないのだけれど(笑)
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by inotti-department | 2005-10-14 01:08 | cinema
『チャーリーとチョコレート工場』 ~最高!ウンパ・ルンパ(笑)~
e0038935_1341249.jpg満足度 ★★★★★★★★☆☆ (8点)

『チャーリーとチョコレート工場』(2005、米)
   監督 ティム・バートン
   出演 ジョニー・デップ フレディー・ハイモア

やーーーーーーっと、この映画を観れました!!

実はもう2回ほど劇場まで行っていたのだけれど、なんど2度とも満席で入れなかったのだ。
大して長くはない映画ファン歴だけれど、それにしてもこんなにも、映画を観るのに苦労したのは生まれてはじめてだ。

満席で映画が観られないなんて、よっぽどヘコむかと思いきや、なんだか妙にうれしかったりするから、人間って不思議なもの(笑)

『シザーハンズ』に魅了されてから、ずっと応援しつづけているティム・バートン監督の映画が、まさかこんなに大ヒットするなんて。そりゃあもう、喜びもひとしおだ。

これから観たい!と思っている方もいるかもしれない。
そんな方は、ここから下はネタバレしちゃうんで読まないでください(笑)

でも、ひとつだけお約束できることは、「この映画、最高!!」ってこと。
ぜひぜひ、劇場で観てほしい、そんな最高のファンタジー映画だ。

では、簡単なあらすじを。
貧しくも、温かい家族に囲まれて幸せに暮らすチャーリー。そんな彼のもとに、ある日飛び込んだニュース。それは、世界一のチョコレート工場を経営するウィリー・ウォンカが、5人の子供たちを工場の中に招待するというもの。チャーリーは、見事に工場行きの”ゴールデン・チケット”を当て、いざチョコレート工場の中へ・・・。

<以下、ネタバレ含みます。ご注意ください。>

これはもう、ストーリーがどうこうというような種類の映画ではない。
とにかく、チャーリーが見学するチョコレート工場の様子が、もう最高に楽しい!

CGをふんだんに使ったりする映画は、昨今はとかく非難されがちだが、この映画にそれはあてはまらない。”CGの正しい使い方”を、スクリーンいっぱいに広がる豊かなイメージの世界で教えてくれる。

チャーリーと一緒に工場内を回る4人の子供たちは、わがまま放題に勝手な行動をとる。
そんな彼らを待ち受けているのは、ウォンカによるブラックなお仕置き。
そこで登場するのが”ウンパ・ルンパ”。
その動きが、もうサイコーーーーに笑える。

ブラックな歌の数々も最高!
映画を観終わってまる1日が経過したが、いまだに僕の頭の中からは、あの奇妙なメロディーと歌詞が離れてくれない(笑)

そして、ジョニー・デップ。
”怪演”と言っていいようなユーモラスな語り口(笑い方もウマイんだ、これが)。ウィリー・ウォンカという奇妙な工場主を、最高にユニークなキャラクターとして表現している。これはもう、アカデミー主演男優賞決定ではないだろうか(マトモな芝居ではないから、無理かもしれないが・・・。)

物語は、ひとことで言うと「ファンタジー」。
でも、そこは百戦錬磨のティム・バートン。もちろん、ただのファンタジーでは終わらない。とにかく、味付けがブラックなのだ。そこが、この映画の最大の魅力。

もうひとつのキーワードが、「家族」。
前作『ビッグ・フィッシュ』もそうだったけれど、もはやこのキーワードは、バートン映画に欠かせないものになってきている(バートン自身が父親になったことが、やはり関係あるのかもしれない)。

チャーリー一家のアット・ホームな佇まいが、最初から最後までとても良い。
貧乏という欠点はあるけれど、ある意味において”理想的な家族”だと思う。

一方、チャーリー以外の4人の子供たちはヒドイ。
ブタのようにお菓子を食べまくる少年と、それを放置して注意もしないブタのような母親。
ワガママ放題何でも欲しがる娘と、それを叶えてしまう父親。
他人に勝つことしか考えていない傲慢な娘と、そんな娘を誇りに思っている母親。
理論だけを重視し人生をゲームのように考えている少年と、そんな息子とうまくコミュニケーションがとれない父親。

様々な”問題家族”にお仕置きしたうえで、最後に待っている結末。
それが、ウォンカと父親の和解というエピソード。

正直、とってつけたような感じがなくもないのだけれど、ファンタジーのエンディングとしては悪くない。
一番子供だったのは、お仕置きをする側であるウォンカ自身だったのだ。彼は父親の愛情を受けてこなかったせいで、子供のような性格のまま、大人になってしまった。
そんな”問題家族”で育ったウォンカに、家族の大切さを教えたのは、チャーリーの存在。

映画は、最も素直で、最も家族を大切にする少年に、最もハッピーな結末をプレゼントする。
「家族を大切に」「謙虚に」「素直に」
映画が教えてくれるメッセージは、シンプルかつ普遍的なものばかり。

でも、この映画がすごく心に残るのは、その味付けがユニークだからなのだ。
どんなに声高にストレートに言われても、僕らは白けてしまいがち。
でも、こんな風に、ユーモアも交えて言われると、「あ、やっぱりそうだよな」なんて素直に思えるから不思議だ。

いっぱいいっぱい笑ったあとで、なんだか温かい気持ちにもなれる素敵なファンタジー。
子供の頃にこんな映画と出会えたら、いまの1000倍ぐらい楽しめただろうなぁ。

でも、ウンパ・ルンパで爆笑できるのは、大人も子供も変わらないか(笑)
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by inotti-department | 2005-10-11 14:07 | cinema
槇原敬之『Listen To The Music 2』 ~全曲レビュー!~
e0038935_1332190.jpg満足度 ★★★★★★★☆☆☆(7点)

槇原敬之のカバーアルバムが発売された。
1998年に発表されたカバーアルバム『Listen To The Music』の第2弾である。

僕は前作も持っているのだけれど、前作に関しては、正直ちょっと選曲が地味だったかな、という印象をもった。
それに比べると、今回はなかなか豪華。
タイトルを見ただけでも、エルトン・ジョン『Your Song』、宇多田ヒカル『traveling』、オフコース『言葉にできない』など、おなじみの名曲たちが並んでいる。

それにしても。マッキーファンのひとりとしては、やっぱり感慨深い。
よくぞここまで復活したものだ、と。

『Listen To The Music』発売の翌年、マッキーは逮捕された。
そのときは、まさか再びミュージックシーンの最前線に戻ってくる日がくるなんて、全然想像もできなかった。まさか、『Listen To The Music2』が出せるようになるなんて。

彼が芸能活動をつづけていることに関して、違和感を感じている人もいるかもしれない。彼の犯した罪は、決して許されるものではないのだから。
でも、僕はそれについてはゴチャゴチャ言うつもりはない。
彼の人間性なんて、しょせん他人の僕たちにはわからないのだから。
僕たちにできることは、マッキーが発表する音楽を、ひとつの作品として受け止めることだけだ。

ただ、良くも悪くも、事件前と後で、彼の音楽性は180度変化したと思う。
事件から復帰したあとのマッキーに、以前の”ラブソングの帝王”としての面影はない。

昔と今とどっちが好きかと言われると、正直返答に困る。
どっちも、それぞれに良さがあるから。
でも、最近の”悟り”をひらいたかのようなメッセージソングには、いろいろと考えさせられる部分は多い。
名曲『世界に一つだけの花』だって、いろいろな苦い経験をしてきたマッキーだからこそ書けた、そんな曲だと思う。

で、前置きはさておき、このアルバム。
ひとことで言うと、とても良いです!
オリジナルアルバムだと、どうしても説教臭さが前面に出ちゃうのだけれど、このアルバムには良い意味でそれがない。って、他人が書いた曲を歌っているんだから、当たり前なんだけれど。

このアルバムを聴くと、思う。
あー、やっぱりマッキーは”シンガーソングライター”なんだよな、って。

例えば平井堅のカバーアルバムなんかは、”シンガー・平井堅”という面が強い。
でも、それに比べると、マッキー版は”歌”だけでなく、”アレンジ”の魅力が目立つのだ。
ひとりのアーティストとして、自分が尊敬する名曲に、正面から立ち向かっている。そんな印象を受ける。

”音”に対するこだわり。
まさに、『Listen To The Music』というタイトルにふさわしい、素敵な作品だと思う。

では、全曲レビュー、ざっと書きます!

M-1:『Smile』(ナット・キング・コール)
CMなんかでも使われている、おなじみの名曲。ポップで明るいアレンジが新鮮。はじめてちゃんと訳詩を読んだのだけれど、すごくいいこと言ってたんですね(笑)

M-2:『Your Song』(エルトン・ジョン)
このアルバムで一番好き!名曲中の名曲。素晴らしい。
原曲の良さを最大限に引き出す、シンプルなアレンジもグッド。マッキーの歌のうまさが際立っている。

M-3:『野に咲く花のように』(ダ・カーポ)
恥ずかしながら、原曲知らず・・・。まるで童謡のような、シンプルな曲。
マッキーの伸びやかな声には、とてもあっている。面白みはないけど(笑)。

M-4:『traveling』(宇多田ヒカル)
マッキー×宇多田という異色の組み合わせ。思ったよりも、スンナリ歌いこなしていてビックリ。
爽快なアレンジも心地よい。マッキーが楽しんでいるのが伝わってくる1曲。

M-5:『I Will Be Here For You』(マイケル・W・スミス)
すごく良い曲!はじめて聴いたのだけれど、忘れられない1曲になった。
まさに、究極のラブソング。こういう曲に出会えるのが、カバーアルバムの醍醐味。

M-6:『Forget-me-not』(尾崎豊)
尾崎豊のトリビュートアルバムに収録の1曲。トリビュートの中でも際立って完成度の高かった曲だけあって、やっぱり聴き応えがある。イントロは鳥肌もの。非のうちどころなし。

M-7:『島育ち~人の歩く道~』(山弦)
癒し系の1曲。『Forget-me-not』の余韻を、そのままスっと伸ばしてくれるようなやさしい曲。
マッキーの自作による詩が素晴らしい。

M-8:『TIME AFTER TIME』(シンディ・ローパー)
これもおなじみの曲なんだけれど、ちゃんと聴いたのは意外にはじめてかも。
テクノっぽいアレンジがカッコイイ。それにしても、英語の発音いいなぁ(笑)

M-9:『言葉にできない』(オフコース)
これ、実は聴く前、最も期待してた曲。良くも悪くも裏切られました(笑)
面白いアレンジなんだけれど、うーーむ。策におぼれた感じがなくもない。
個人的には、ピアノ弾き語りで、涙させてほしかった!

M-10:『ヨイトマケの唄』(美輪明宏)
ライブでもカバーしてた曲。超名曲。とにかく、詩が圧巻のひとこと。
サザンの桑田さんも、前にソロでカバーしていて、僕の中では桑田版の印象が強い。
カントリーっぽいポップなアレンジが面白い。でも、個人的には桑田版に軍配。

M-11:『ファイト!』(中島みゆき)
最初(1番)は、「なんじゃこりゃ!」って思いました(笑)でも、1番終りの間奏が圧巻!急激に曲が盛り上がってくる。
そして最後は感動もの。これは、まさにアレンジの勝利。

M-12:『ごはんができたよ』(矢野顕子)
個人的には、あんまり好きじゃない(笑)でも、アルバムの中で一番声を張り上げている曲。
でも、やっぱりあんまり好きじゃない(笑)

M-13:『見上げてごらん夜の星を』(坂本九)
これはもう、”シンガー・槇原”の真骨頂。アレンジうんぬんじゃなく、”歌”に全てのエネルギーを注いでいる。
平井堅バージョンにも負けていない魂の熱唱。最後にふさわしい感動の1曲!

以上、ざっと書かせていただきました。

今のところのベスト3は、
『Your Song』
『Forget-me-not』
『I Will Be Here For You』

といったところ。

ぜひぜひ、第3弾も出してほしい。
今度は、『言葉にできない』は弾き語りでね(笑)
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by inotti-department | 2005-10-05 03:00 | music
イチローの2005年 ~「206安打」「.303」の意味~
マリナーズのイチロー選手の2005年シーズンが、今日で終了した。

最終成績は、206安打、打率.303。

悪い成績ではない。5年連続200本安打を達成し、打率も一流選手の証である3割を上回ったのだから。
でも、やっぱり世間の受け止め方は違う。
「今年のイチロー、不調だったな」と。

なんといっても、去年がスゴすぎた。
シーズン最多安打記録を塗り替え、文句なしの首位打者。
名実ともに、「世界一ヒットを打つのが巧い選手」となった昨シーズンの輝きを思うと、確かに今シーズンの成績は物足りなかった。

ひょっとすると、イチロー選手も30代になりピークを過ぎつつあるのではないか、とみる向きもあるかもしれない。
でも、僕はいま、こう考えている。
来年、また彼はすごい記録を残すのではないか、と。

注目すべきは、「206安打」の「6」と、「打率.303」の「3(最後の位のほう)」である。

正直、2週間ぐらい前までは、今年は「200本安打」も「打率3割」も苦しいのではないか、と僕は内心では心配をしていた。
イチロー本人も、そんな風に弱気になったこともあったのではないだろうか。今年に関しては。

でも、彼はやってのけた。
ラスト3試合を残すのみという土壇場の状況で、「5打数4安打」「4打数3安打」と、連日の猛打をみせたのだ。
この2試合で結果が出ていなければ、今年は「199安打」「.295」ぐらいで終わっていただろう。

そんなイチロー選手を見て、僕は昨シーズンのことを思い出した。
シーズン最多安打記録を塗り替えられるかどうかと世間が騒ぎ出した9月。
そのときも、僕は内心では「最後、惜しくも記録に届かないんじゃないかなぁ」と、内心では心配をしていたのだった。

でも、彼は最後の1ヶ月、連日の猛打を披露した。
そして、記録を塗り替えたのだった。

イチロー選手が何よりも素晴らしいのは、プレッシャーというものに恐ろしく強いことだ。
追い詰められたときこそ、彼は真価を発揮する。
「やってほしい!」そういうファンの無責任な期待に、彼はいつも見事に応えてみせるのだ。

実をいうと、「200本打てるかなぁ」「3割いくかなぁ」と心配しながらも、僕は心のどこかで、「きっと彼はやるだろうな」と確信していた。
昨年の終盤の彼のプレーを、僕は覚えていたから。

だから、実は1週間ぐらい前に「がんばれ、イチロー!」的な記事をこのブログに書こうかと思ったのだけれど、結局それは書かなかった。
きっと、200本安打と3割を達成するだろう、と思ったから。
記事はそのときに書けばいい、と僕は決意したのだった。

206安打、打率.303。
確かに、物足りない数字ではある。

でも、この「6」と「3」がきっと来年、意味をもってくるんじゃないかなと、僕は睨んでいる。
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by inotti-department | 2005-10-04 01:24 | sports
村上春樹『東京奇譚集』 ~なんだか”ホット”な短編集~
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満足度 ★★★★★★★☆☆☆ (7点)

村上春樹・著
『東京奇譚集』
2005、新潮社


村上春樹の最新作。
相変わらず、よく売れているようだ。
書店にズラっと並んでいるのを見ると、ファンとしてはやっぱりとてもうれしい。

しかし、いつも思うのだけれど、村上春樹が国民的人気作家だという事実は、本当に不思議だ。

だって、読んだ人が全員同じように満足できるようなタイプの小説家では、決してないだろう。
ストーリーは個性的で難解(個人的にはそうは思っていないのだが、客観的にみればそうだろう)だし、少なくとも万人受けするような物語を書く人ではない。

この最新作『東京奇譚集』も、やはりそういう村上春樹らしさに溢れている。
東京を舞台に起こる、5つの不思議な物語を集めた短編集である。

しかし一方で、村上春樹を何冊か読んだことのある人にとっては、また違った印象も残ったかもしれない。
僕も、そのひとり。

何が違うのかって、この新作、なんだかとっても”ホット”なのだ。

<以下、ネタバレも含みます。未読の方は、ご注意を。>

村上作品の主人公たちって、いつもだいたいすごくクール。
あまり、目に見えるような感情の昂ぶりは見せず、物事をとらえていく。
しかし、今回は、ちょっと趣が違うのだ。

例えば、1話目の『偶然の旅人』(ちなみに僕は、この短編が一番好き)。
ゲイの主人公は、偶然出会った女性のホクロを見て、絶縁状態になっていた姉のことを思い出す。そして10年ぶりに電話を掛け、再会を果たす。

そのときの彼と姉の会話が、すごく”ホット”なのだ。
お姉さんは号泣しているし、彼も涙をぐっとこらえている。
なんだかとっても人情味あふれる、家族の物語ではないか。

4話目の『日々移動する腎臓のかたちをした石』もそう(これが、2番目に好きな短編)。
淳平は、16歳のときに父親から言われた「人生で本当に意味のある女は、3人しかいない」という言葉が頭から離れず、それ以来、女性と深く付き合えなくなってしまった。そんなある日、キリエという女と出会う。

これは、ラストが”ホット”。
キリエと別れた淳平は、ついに気付く。
「大事なのは数じゃない。大事なのは、1人を受容しようという気持ち。それは常に、最初であり最終でなくてはならない」
直接的な表現はできるだけ避ける村上作品において、このダイレクトで”ホット”なメッセージは、極めて異例といっていい。

他の3篇も含め、この短編集は”ホットである”という点において、どの物語にも一貫性がある。
そして、どのエピソードにも共通しているのが、”他者との繋がりを求める気持ち”である。

偶然知り合った女性との出会いを通じて、姉との繋がりを回復する男の物語である『偶然の旅人』。
息子のような2人の若者との交流を経て、息子の死という事実を受け入れる母親の前向きな姿を描いた『ハナレイ・ベイ』。
様々な人たちと交流しながら、謎の失踪をとげた男の行方を追うことを仕事とする男の話である『どこであれそれが見つかりそうな場所で』。
ある女性との交際によって、誰か1人を愛することの大切さに気付く男を描いた『日々移動する腎臓のかたちをした石』。
”自分の名前が思い出せなくなる病気”にかかった女性が、”名前”を盗んだ猿の言葉によって、心に蓋をすることで誰も愛せなくなってしまっていた自分に気付かされる『品川猿』。

どの主人公たちも、最初は心に大きな闇を抱えている(『どこであれ・・・』は、ある意味では主人公が不在の”象徴的”な話なのでちょっと違うが)。
それが、他者との関係をもつことで、その心の闇と向き合う気持ちを持つようになる。
そして、心の闇を消し去るために、新たな”繋がり”を求めるのである(あるいは、”繋がり”を回復することで、心の闇を消し去ることに成功する)。

「喪失と再生」というのは、常に村上春樹が向き合いつづけている最大のテーマであり、今回もその点は変わらない。
ただ、アプローチの仕方が違うのだ。

いつもはもっとオブラートに包む”クール”なアプローチが持ち味なのだが、今回はずっと表現がダイレクト。
「人と繋がっていたい!」
そういう前向きな気持ちが、とてもわかりやすく描かれている。

また、”家族”という関係に重点を置いていることも興味深い。
姉、息子、夫、父親、母親。
どのエピソードにおいても、主人公の心の闇には、家族が大きく関わっている。
そういう意味でも、とってもダイレクト、なのだ。

人と人が関わるから、心には闇が発生する。
しかし、人と人が関わるからこそ、その闇は晴れるのだ。
そのメッセージをよりクリアに表現するために、”家族”という最も近い人間関係を描いたのかもしれない。

そういえば、『海辺のカフカ』の最後の文章を読んだときにも、僕は同じような感想を抱いたのだった。
これほどダイレクトに読者に語りかけてくる文章は、かつてなかったのではないか、と。

そういう意味では、この『東京奇譚集』は、さらにその”ホット”路線が強まった作品であると言えるのかもしれない。

さて、次に村上春樹は、どんな作品を書くのだろう?
願わくば、それが『海辺のカフカ』以来の大長編であれば、とってもうれしいのだけれど。
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by inotti-department | 2005-10-01 03:40 | book
   
映画・小説・音楽との感動の出会いを、ネタバレも交えつつ、あれこれ綴っていきます。モットーは「けなすより褒めよう」。また、ストーリーをバッチリ復習できる「ネタバレstory紹介」も公開しています。
by inotti-department
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