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> 村上春樹『東京奇譚集』 ~なんだか”ホット”な短編集~
村上春樹『東京奇譚集』 ~なんだか”ホット”な短編集~_e0038935_12535839.jpg
満足度 ★★★★★★★☆☆☆ (7点)

村上春樹・著
『東京奇譚集』
2005、新潮社


村上春樹の最新作。
相変わらず、よく売れているようだ。
書店にズラっと並んでいるのを見ると、ファンとしてはやっぱりとてもうれしい。

しかし、いつも思うのだけれど、村上春樹が国民的人気作家だという事実は、本当に不思議だ。

だって、読んだ人が全員同じように満足できるようなタイプの小説家では、決してないだろう。
ストーリーは個性的で難解(個人的にはそうは思っていないのだが、客観的にみればそうだろう)だし、少なくとも万人受けするような物語を書く人ではない。

この最新作『東京奇譚集』も、やはりそういう村上春樹らしさに溢れている。
東京を舞台に起こる、5つの不思議な物語を集めた短編集である。

しかし一方で、村上春樹を何冊か読んだことのある人にとっては、また違った印象も残ったかもしれない。
僕も、そのひとり。

何が違うのかって、この新作、なんだかとっても”ホット”なのだ。

<以下、ネタバレも含みます。未読の方は、ご注意を。>

村上作品の主人公たちって、いつもだいたいすごくクール。
あまり、目に見えるような感情の昂ぶりは見せず、物事をとらえていく。
しかし、今回は、ちょっと趣が違うのだ。

例えば、1話目の『偶然の旅人』(ちなみに僕は、この短編が一番好き)。
ゲイの主人公は、偶然出会った女性のホクロを見て、絶縁状態になっていた姉のことを思い出す。そして10年ぶりに電話を掛け、再会を果たす。

そのときの彼と姉の会話が、すごく”ホット”なのだ。
お姉さんは号泣しているし、彼も涙をぐっとこらえている。
なんだかとっても人情味あふれる、家族の物語ではないか。

4話目の『日々移動する腎臓のかたちをした石』もそう(これが、2番目に好きな短編)。
淳平は、16歳のときに父親から言われた「人生で本当に意味のある女は、3人しかいない」という言葉が頭から離れず、それ以来、女性と深く付き合えなくなってしまった。そんなある日、キリエという女と出会う。

これは、ラストが”ホット”。
キリエと別れた淳平は、ついに気付く。
「大事なのは数じゃない。大事なのは、1人を受容しようという気持ち。それは常に、最初であり最終でなくてはならない」
直接的な表現はできるだけ避ける村上作品において、このダイレクトで”ホット”なメッセージは、極めて異例といっていい。

他の3篇も含め、この短編集は”ホットである”という点において、どの物語にも一貫性がある。
そして、どのエピソードにも共通しているのが、”他者との繋がりを求める気持ち”である。

偶然知り合った女性との出会いを通じて、姉との繋がりを回復する男の物語である『偶然の旅人』。
息子のような2人の若者との交流を経て、息子の死という事実を受け入れる母親の前向きな姿を描いた『ハナレイ・ベイ』。
様々な人たちと交流しながら、謎の失踪をとげた男の行方を追うことを仕事とする男の話である『どこであれそれが見つかりそうな場所で』。
ある女性との交際によって、誰か1人を愛することの大切さに気付く男を描いた『日々移動する腎臓のかたちをした石』。
”自分の名前が思い出せなくなる病気”にかかった女性が、”名前”を盗んだ猿の言葉によって、心に蓋をすることで誰も愛せなくなってしまっていた自分に気付かされる『品川猿』。

どの主人公たちも、最初は心に大きな闇を抱えている(『どこであれ・・・』は、ある意味では主人公が不在の”象徴的”な話なのでちょっと違うが)。
それが、他者との関係をもつことで、その心の闇と向き合う気持ちを持つようになる。
そして、心の闇を消し去るために、新たな”繋がり”を求めるのである(あるいは、”繋がり”を回復することで、心の闇を消し去ることに成功する)。

「喪失と再生」というのは、常に村上春樹が向き合いつづけている最大のテーマであり、今回もその点は変わらない。
ただ、アプローチの仕方が違うのだ。

いつもはもっとオブラートに包む”クール”なアプローチが持ち味なのだが、今回はずっと表現がダイレクト。
「人と繋がっていたい!」
そういう前向きな気持ちが、とてもわかりやすく描かれている。

また、”家族”という関係に重点を置いていることも興味深い。
姉、息子、夫、父親、母親。
どのエピソードにおいても、主人公の心の闇には、家族が大きく関わっている。
そういう意味でも、とってもダイレクト、なのだ。

人と人が関わるから、心には闇が発生する。
しかし、人と人が関わるからこそ、その闇は晴れるのだ。
そのメッセージをよりクリアに表現するために、”家族”という最も近い人間関係を描いたのかもしれない。

そういえば、『海辺のカフカ』の最後の文章を読んだときにも、僕は同じような感想を抱いたのだった。
これほどダイレクトに読者に語りかけてくる文章は、かつてなかったのではないか、と。

そういう意味では、この『東京奇譚集』は、さらにその”ホット”路線が強まった作品であると言えるのかもしれない。

さて、次に村上春樹は、どんな作品を書くのだろう?
願わくば、それが『海辺のカフカ』以来の大長編であれば、とってもうれしいのだけれど。
by inotti-department | 2005-10-01 03:40 | book
映画・小説・音楽との感動の出会いを、ネタバレも交えつつ、あれこれ綴っていきます。モットーは「けなすより褒めよう」。また、ストーリーをバッチリ復習できる「ネタバレstory紹介」も公開しています。
by inotti-department
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