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当ブログでは、「あの映画(小説)、一度観たんだけど、どういう話だったかが思い出せない・・・」とお困りの方のために、映画(小説)のストーリーを完全に網羅したデータベースを公開しております。詳しくは、カテゴリ内の「映画(小説)ネタバレstory紹介」をご参照ください。なお、完全ネタバレとなっていますので、未見の方はくれぐれもご注意ください。
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> 伊坂幸太郎『死神の精度』 ~文体の魅力。いま、最も注目の作家~
満足度 ★★★★★★★★☆☆(8点)

「一番好きな作家は?」と聞かれると、少し前までは迷わず「村上春樹」の名前を挙げていた。
他に挙げろと言われれば、東野圭吾、沢木耕太郎あたりの名前がまず浮かぶのが常だった。

しかし今年に入り、ひとりの作家との衝撃の出会いがあった。それにより、この問いに対する答え方にも変化が生じることとなった。
その作家とは、伊坂幸太郎。

デビュー作『オーデュボンの祈り』を読んで、何とも表現できない不思議な面白さに魅了されたのがそもそもの始まり。それから、発刊順に片っ端から読み漁った。いまのところ読んだ7冊、1冊たりともハズレなし(今後、1冊ずつ紹介していきたいと思ってますので、お楽しみに)。

ここで、伊坂作品はじめての感想レポートということで、簡単にこの作者の魅力を書いておきたい。伏線を張り巡らせ、最後にそれをまとめあげる、練りに練った緻密な構成。すっとぼけた登場人物が次々登場する、魅力的なキャラクター描写。ユーモアがありウィットに富んだ会話の面白さ。挙げればキリがないほどの魅力に溢れているが、ひとつ挙げろと言われれば、私は迷わず「文体の魅力」を挙げたい。

とにかくこの作家、文章が面白い。テンポもいいし、言葉の使い方もうまい。そして何よりもスゴイのが、なんてことのない文章なのに、読んでいてクスッと笑わされること。特に、デビュー作の
『オーデュボンの祈り』や『チルドレン』は最高に笑える。物語の語り部たちが翻弄されるさまが、もうおかしくて仕方ないのだ。私は、最初に『オーデュボン』を読み始めてすぐに、「あ、この人の本は全部読もう」と決意した。文体が面白い人の小説は、極端な話、ちょっとぐらいストーリーが退屈でも読めてしまうのだ。文章の1行1行を読むだけで、幸せな気持ちになれるから。そんな風に思ったのは、村上春樹以来のことだった。

さて、話を戻そう。
「あー、もう全部読んじゃったなぁ。早く新作出ないかなぁ」
そう思ってたところ、待望の最新作が発売された。それが『死神の精度』だ。

本書の主役は、「千葉さん」という名の死神。彼の仕事は、8日後に事故や事件で死ぬことになっている人が、死ぬにふさわしいか否かを1週間かけて調査すること。調査対象と接しつつ、彼(彼女)といろいろな話をしながら、その死に関して「可」もしくは「見送り」のどちらが適切かを判断し、報告するのである。

ちなみに、千葉さんの性格はいたってクール。人間という存在を、常に1歩引いた視点で見ている。そのため、調査の結果、ほとんどの対象に対して「可」の結論が出される。「この人、死ぬにはかわいそうだなぁ」などという同情や憐れみという感情は、千葉さんの中には存在しない。彼は、それが仕事であるから一生懸命に対象と接するだけであって、人間の死には全く興味がない。彼が興味があるのは、音楽だけ。人間社会に1週間いられると、好きな音楽をたくさん聴ける。それが、彼が1週間という時間をかけて調査をする本当の理由なのだ。

そんな千葉さんが遭遇する、6人の調査対象たち。
本書は、彼らと出会ったことで千葉さんが遭遇する、ちょっと不思議な6つの物語を集めた短編集である。なんだか、すごく面白そうでしょ?そのとおり、これが面白いのです!

<以下の感想、ネタバレ含みます。未読の方は、ご注意ください>

オープニングを飾るのが、タイトルにもなっている『死神の精度』。
さっそくネタバレしちゃうと、これ、いきなり「見送り」の結論が出される話なのだ。

だから、なんだかんだ死が「見送り」になるパターンが多いんだろうなぁ、などと勝手に予想してしまうのだが、それは甘い。6つ全部読んでわかることなのだが、結局、「見送り」になるのは最初のエピソードだけ。あとの5つは、全部「可」。つまり、調査対象たちはみんな死んでしまうというわけ(死ぬシーンは描かれないものが多いが)。

この『死神の精度』の終わり方が、とてもユニーク。その人を食ったようなユーモアに満ち溢れたオチは、まさに伊坂ワールド。音楽というのは、伊坂作品の重要なキーワードだ。この人、どうやら「音楽は人を救う」と本気で信じているようだ。

そのあとの4つも、それぞれ個性的で面白い。

カリスマ性をもったヤクザとの交流を描いた『死神と藤田』。藤田は、親分の裏切りもあり、敵に囲まれて絶体絶命の状況になる。藤田を尊敬する子分の阿久津は願う。「藤田さんが負けるわけがない!」でも、藤田が死ぬことは決定している。千葉さんが「可」の報告をしたから。でも、その日は千葉さんが現れてまだ7日目。つまり、藤田が死ぬのはもう1日あと。ということは、藤田は今日は死なない。勝つのだ。しかし、藤田の勝利は描かれず、そこで物語は終わる。そのエンディングが、最高にカッコイイ。

『吹雪に死神』は、閉ざされた洋館で次々に人が死ぬ、本格ミステリ風短編。オチがくだらなくて笑える。毒を使って殺そうとした女が、なぜか死なない。なぜ?それは、その毒入りの料理を、千葉さんが代わりに食べたから。死神は、死なないのだ。ヘンな話。

『恋愛で死神』は、個人的に大好きなエピソード。隣人の朝美に片想いした青年・荻原が、朝美をストーカーから守って殺されてしまう話。人間の恋愛を、不思議そうに見つめる千葉さんの視点が面白い。切ないけれど心が温まる、素敵な恋愛物語。最後、思わず嘘をつき、荻原の死を朝美に隠す千葉さん。千葉さんも、2人の恋愛を、クールを装いつつも微笑ましく応援していたのかもしれない。

殺人犯・森岡とともに東北をドライブする『旅路を死神』。道中で出会う老夫婦やセダンの何気ないエピソードを、最後の千葉さんの推理に活かすテクニックは見事。人生を川にたとえ、自分はいま地味な下流にいると話す森岡に「下流も悪くなかった」と語る千葉さんのセリフがいい。後味の良さもグッド。

この4つのエピソードは、それぞれ個性的だが、大筋は同じだ。すべて、ある意味においてはハッピーエンド。しかし、千葉さんの結論は「可」であるため、主人公たちはみな死を迎える。どうせ1週間後には死ぬのに、小さいことで悩んだり喜んだりしている人間たちを不思議そうに見つめる千葉さん、というのが基本的スタンスになっている。そして、どの話でも、常に雨が降っている。千葉さんが仕事をするときは、いつも雨が降るのだ。千葉さんは、まだ晴天を見たことがない。

ここまで読んだ時点で、この小説は、人生には必ず終わりがくるという事実を忘れて生きている人間の滑稽さをシニカルに描いたものだと判断した人もいたかもしれない。それは、間違いではない。しかし、それだけでは、この小説の真のメッセージを読み解いたことにはならないと私は思う。

それを教えてくれるのが、最後の『死神対老女』だ。このエピソードだけは、少し異質なものになっている。そして結果的にこのエピソードは、6つの短編をつなぐエピローグの役割を果たす。これを読み終えたとき、読者は、本書が短編集ではなく、実はひとつの長編だったことを知ることになるのだ。

老女は、千葉さんと会ってひと目で、彼が人間でないことに気付く。そして、彼が自分の死を見届けにやって来たこときも見破るのだ。

このエピソードと他の5つのエピソードの決定的な違いは、この老女が死を覚悟して最後の1週間を過ごす点にある。他のエピソードの主人公たちは、みな自分の死が近いことなど夢にも思わず、ジタバタと必死に生きて、そして突然の死を迎える。一方、老女は、人生の最後にまだ1度も会ったことのない孫と対面する。そして、悔いのない状態で、この世を去るのだ。

これを読み終えたとき、「人はいつか必ず死ぬ。ならば、そのとき悔いが残らないように精一杯生きろ」というメッセージが自然と浮かび上がってくる。そして実は、そのメッセージは、他の5つのエピソードの中にも隠されていたのである。というよりも、5つのエピソードのどの主人公たちも、精一杯最後まで生きたのだ。どのエピソードも、主人公が死ぬにも関わらず、後味がすこぶる良いのはそのためだろう。

そして、その全てのエピソードを通過して達した終着点が、最後の老女の物語。精一杯生きて、たくさんの死を見届けて、そして到達する悟りの境地。この老女のような死に方をするために必要な生き方こそ、藤田であり、荻原であり、森岡のような生き方なのだ。そう、全ての物語が、ここではじめて繋がる。エピソード1で死を見送られた歌手の卵が最後のエピソードで歌手になっていることが判明し、また老女の正体が実はエピソード4で登場した朝美だったというオチも、そのことを象徴している。

最後に、千葉さんはついに晴天を見ることができる。それは、老女が死を覚悟して、死神の存在を正面から受け入れたからかもしれない。もう千葉さんは、雨雲に隠れてコソコソと調査する必要がなくなったから。そして同時にその青空は、人間という存在を祝福する、優しくて温かい賛歌のようにも私には感じられた。
by inotti-department | 2005-08-12 02:06 | book
映画・小説・音楽との感動の出会いを、ネタバレも交えつつ、あれこれ綴っていきます。モットーは「けなすより褒めよう」。また、ストーリーをバッチリ復習できる「ネタバレstory紹介」も公開しています。
by inotti-department
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